第5話 魔法について




 白いご飯、焼き魚、豆腐の味噌汁、沢庵漬け、オーソドックスな日本食がダイニングテーブルに並べられる。

 立ち込める白い湯気が、鼻腔へと馥郁ふくいくとした香りを運び、食欲をそそる。


 対面にはセレスが座っていて、にこにこと笑いながら、楽しげな様子で俺が食べるのを待っている。


 どうにも居心地が悪くなった俺は、冗談交じりに問う。


「毒とか入ってないよな?」

「ふふふ、入れて欲しかったですか?」

「すまん、冗談だ。」


 表情も声の調子も変えぬまま、底冷えした気配だけで俺を圧倒する。

 気圧された俺はたじろぎながら謝罪した。

 恐る恐る味噌汁を食べてみると、奥深い味わいが口の中に広がった。


「美味しい。」


 偽りなく素直な感想だった。


「お口にあったようで、良かったです。」


 セレスは安堵するように胸を撫で下ろす。

 気合いも入っていたようだし、それなりに緊張していたようだ。

 俺が食べ始めたからか、セレスも「いただきます」と言って、食事を始める。


「それにしても、日本食の作り方なんてよく知ってたな?」

「インターネットを使って調べましたから。ある程度の常識は、これで学習済みです。」

「ネットが情報源ソースな常識は一度、疑った方が良いと思うんだが。」


 自慢げに胸を張るセレス。

 ネットリテラシーの欠片もない発言に、俺はたらりと米神から汗を垂らし、釘を刺した。

 人工生命体でも、昔のAIみたいに見当違いな事、学習してる可能性もあるし。


 セレスが「そうですか?」と首を傾げると、俺「あぁ」は弱々しい声で念押しした。


 色々と前途多難だった。


 遠い目をした俺は、悄然しょうぜんとした気持ちを切り替えるように、話を変える。


「昨日も話したが、今日は学校が有るから、迷宮関連の手伝いが出来るのは午後だけだ。」

「承知しています。私も学業を制限するつもりはありません。存分に励んでください。」


 物分りよく頷くセレス。

 良識ある判断の裏には、しっかりとした計算があるであろう事は疑いようがない。

 まぁ、俺が不自然な行動をとって目立てば、セレス自身にも注目が行く。

 余程の一大事でもなければ、敢えてリスクをおかす選択はしないか。


「そうか。俺は午後4時頃には戻るから、そっちもそれまでは好きにしてくれていい。家のものも好きに触ってくれて構わない。」

「それでしたら、本を読ませて頂いてもよろしいですか?」

「良いけど、何でだ?」

「先程、ネットだけの情報は危険だと仰っていたので。」


 まぁ、いいか。

 何も考えずに俺は許可を出した。


 緩やかに時だけが流れる孤独な朝は、一人の居候の手によって、足音を立てるように慌ただしく過ぎていった。







 ──桜花学園。

 迷宮に関する知識や魔導技術を専門的に学習するための教育機関。

 2026年に設立当時は、未成年を兵士として扱うのか、と多数の非難が浴びせられたが、数多くの探索者や軍人、魔導研究者を輩出はいしゅつし、現在では日本の未来を背負う若者が集まる登竜門と雷名らいめいを轟かせている。


「魔法とは、第五元素エーテルの齎す事象を指します。第五元素エーテルには、高次の情報と結び付き、下位の情報を補完しながら事象を引き起こすという極めて特異な性質が有ります。」


 その最先端の授業は、10分程度の映像を黙々と見る事だ。

 単に知識を蓄えるだけならば、五感に働きかけ、記憶を促進する効果のある映像を見るのが最も効率的だからだ。

 映像の中では、女性の格好のAIが魔法に関する説明を人工音声で行っている。


「例えば水の魔法。水という概念と第五元素が結び付き、コップ一杯分の水が生まれたとします。その時、コップ一杯分の水を構成する水分子やその繋がりは、第五元素エーテルが擬似的に再現する事で発生しています。」


 ──つまるところ、『コップ一杯分の水を生み出すという結果』が先にあって、『コップ一杯分の水が生み出されるまでの過程』が作られるという事だ。


 これが現代における『魔導』と『科学』の差だ。

 魔導とは、常に答えが先にあって、過程が生み出される。

 例え、それが非現実的なものですら、半ば強制的に結果に至る為の法則を作り出し、事象が引き起こされる。


「しかし、現在の技術では、魔法を発動させるための高次の情報を人工的に作り出す事が出来ません。なので、現存する全ての魔法は、『迷宮』から回収されたものか、その複製品になります。」


 複製品というのは、魔法を記憶した媒体から取り出した情報を、他の媒体に移したものだ。

 大抵の場合は、情報が欠損しているのでオリジナルよりも効果が劣るものになる。


「魔法を回収する為の方法は、迷宮の核や強大な力を持つ魔物を倒した際に、大量の第五元素エーテルと次の器を求めるので、代わりになる器を用意する事で回収出来ます。」


 「しかし」とAIは続ける。


「この際に気を付けて頂きたいのが、必ず器となるエーテル結晶体を用意しておいて下さい。代替となる器が存在しない場合、魔法はとどめを刺した人物を器に選びます。適合すれば、《固有魔法オリジン》という強大な魔法を手に入れられますが、失敗すれば死に至ります。」


 その死亡率99.9%。

 《固有魔法オリジン》を手に入れるべく、挑む者は後を絶たないが、その殆どは不可逆の死をげている。

 それこそ北欧神話の英雄のような逸材でもない限りは成功しない。


 現実問題、高純度のエーテル結晶体でも全ての情報を受け止める為の器になれず、7割近くが無駄になってるらしいし、人の魂と肉体だけで受け止めるのは無理がある。


「こうして回収した魔法を込めたエーテル結晶体の事を魔結晶と言います。魔結晶は、魔導武装エンチャント・デバイスにも内蔵され、魔法の発動を手助けする仕組みになっています。」


 魔導武装エンチャント・デバイスを通じて発動する魔法は、《汎用魔法》と呼ばれている。

 誰でも使える訳では無いが、《固有魔法》よりも遥かに使い手の資質を選ばない。

 探索者の殆どは、この《汎用魔法》を使って、迷宮に挑んでいる。


 基本的に何方が上であるという格付けは決まっておらず、何方にも善し悪しあるというのが、大きな見方だ。


 基礎魔法学①というタイトルの動画は、それから1分ほど続き、短い授業は終わりを迎えた。



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