第4話 管理者





「私はセレス・アルトウェルト。『迷宮』の暴走を食い止める為に、貴方の力を貸して頂きたく参りました。」


 胸に手を当て、凛とした声で彼女は助力を申し出た。

 一言一言に愚直というほど真っ直ぐな誠意を込め、清廉に奏でられた願いは、俺の精神を余計に当惑させた。

 訝しげに寄せられた皺を人差し指で伸ばしながら、俺は繰り返すように問う。


「迷宮の暴走?」

「はい、具体的に言えば、迷宮災害と呼ばれている事柄です。」


 額に当てていた手をゆっくりと下ろし、俺は剣呑な目付きでセレス・アルトウェルトを睨む。


 現実に被害者が存在している災害なのだ。

 冗談でも悪ふざけに利用していい話じゃない。

 不謹慎な内容に憤怒する一方で、理性的な俺が、「こんなにも大真面目な顔をして、下らない冗談を口にするのか?」と冷静に疑問視する。


 暫し探るように見た後、俺は自らを落ち着かせるように瞑目し、息を吐く。

 そして、やや低い声で話を促した。


「悪い、続きを頼む。」

第五元素エーテル循環装置、貴方がたで言う所の『迷宮』の核は 、元々、魔物を発生させるものでもなければ、異空間を発生させるものでも有りませんでした。」


 有難いことに、セレスは俺の無礼を咎めず、『迷宮』の暴走について滔々と語り始めた。


「ですが、こちらの世界に来た際に、第五元素エーテルは、私達の想像を超えた活動を始め、独自の法則の働く異空間を発生させるに至りました。」

「その口ぶりだと、お前はこちらの世界の住人では無いみたいに聞こえるぞ。」

「その通りです。」


 話始めから疑問に思っていたことを挑むように問うと、セレスはあっさりと首肯した。


「ただ異世界人というわけでもありません。第五元素循環器を管理するための人造人間バイオノイド。それが私です。」

「なんで態々そのものを・・・・・」


 俺は嫌気が差したように呟く。

 丸っきり機械なら兎も角、人工生命体なんて悪趣味極まりない。


「こちらの環境が正確に掴めていませんでしたので、環境に適応させた個体を後から作り出すしか無かったんです。」


 唇を尖らせ、言い訳がましく後付けするセレス。

 どうやら非道であるという自覚はあるらしい。


 それにしても、まるで宇宙人だな。

 俺は口には出さなかったが、古いSF映画を思い出していた。

 そういった映画の定番には、宇宙人は地球の空気や細菌に適応出来ないというものがある。

 感覚としては、それに近いのだろう。

 その弱点を克服する為に、地球で人造人間を作るというのは筋が通っている。


 俺は顎に手を当て、思案を巡らせる。

 脳裏には幾つもの疑問が浮かんでいたが、セレスの言うことには信憑性が有ると信じ始めていた。


 だからこそ、決定打を聞く為の踏み絵を行うことにした。


「何で俺なんだ?お前の話が事実だとして、普通なら政府や国際組織にするような話だ。明らかに個人の手に余る。」

「その手の組織と繋がれば、必ず利害関係に巻き込まれます。なので、私が信頼出来ると判断するまでは、その決断は保留にしています。貴方を選んだ理由については、もうお気づきだと思いますが?」

「お前の口から聞きたい。」


 念押しするように詰問きつもんした。

 この質問に答えられるか否かで、俺の立場スタンスが決まる。

 ここが分水嶺ぶんすいれいである事を悟ったのか、セレスは一層神妙な表情で俺を見詰め、小さく息を吐く。

 そして、艶やかな唇を開いた。


「貴方が迷宮の核と同化した唯一の人間だからです。」


 凜然とした声がリビングを反響する。

 さながら天使が通ったように、俺とセレスは沈黙し、視線だけを交えていた。

 そして、俺が顔を逸らした。


「はぁ、飛び切りの厄ネタだな、お前。」


 頭を掻きながら、全ての緊張を吐き出すように溜息をつく。

 率直な誹謗ひぼうも、それが真実であると認めたからこそのものである。

 その事を承知しているセレスも安堵するように相好を崩した。


「信じて頂けたようで幸いです。」


 俺の魂と迷宮の核が融合し、同化していることは、日本国内でも極少数しか知らない機密事項だ。

 しかし、セレスが迷宮の核の管理者なら、何らかの手段で、その存在を知覚出来ても不思議じゃない。


「それに事実上、俺に拒否権無いし。まぁ、だから、俺を選んだんだろうけど。」


 また俺に命令が可能な事も説明がついてしまう。

 様々な事実が有機的に繋がり、俺は自らが詰む直前であることを認めざるを得なかった。


「ふふふ、勿論、貴方自身の実力にも期待していますよ。何せ元迷宮庁特殊攻略部隊のエースなんですから。」


 勝ち誇ったような笑みだ。

 どうやら前歴についても調べられているらしい。

 俺は再度、溜息をつき、すっかり冷めてしまった緑茶を飲む。

 何時もより少しだけ緑茶は苦く感じた。





 朝、目を覚ます時間は決まっている。

 午前5時に意識が覚醒し、目覚まし時計が鳴る前に、アラームを止める。

 ベッドから抜け出すと、軽く伸びをして部屋を出る。

 そのまま階段を下りている途中、何かが焼けるような音がして、一瞬、足を止める。

 刹那の思考を挟んで、心当たりを発見し、落ち着いた足取りで1階に下り、音の方へと。


「おはようございます。」

「あぁ、おはよう。」


 キッチンでは、男物の白いパーカーを着たセレスが料理をしていた。


「何か手伝おうか?」

「いえ、お構いなく。居候いそうろうさせて頂いているのですから、このくらいはやらせて下さい。」


 嫌な顔一つせず、家事を買って出るセレス。

 別に気にしないでいいんだがな、部屋余ってるし。


 セレスは昨日から俺の家に住む事になった。

 彼女の拠点となる場所は、迷宮内にあるらしいのだが、頻繁に迷宮と俺の家を行き来すれば、目立つ。

 もしも警察や軍にでも目を付けられれば、最も迷惑を被るのは、俺だ。

 そういう事を踏まえ、俺の家に住んでもらうことになった。


「それなら、朝食は任せた。夕食は手伝うから。」


 俺はそう言って返答を待たず、リビングを離れる。

 手伝うに留めたのは、真面目な性格みたいだし、仕事を奪うと、気に病みそうだったからだ。

 仕事というのは、その人がそこにいても良い裏付けでもある。


 それが無いのは、居ても居なくても良いという事なので、精神的に不安に繋がるだろう。

 特にセレスは使命を持って、生まれてきたような人間なんだし。


 洗面所で顔を洗い、身嗜みだしなみを整える。

 それからリビングに戻り、10分ほどすると、セレスの料理が出来上がった。



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