第2話 誰がための戦い





 俺は何をしてるんだろう?

 淡々と異形の群れを屠りつつ、そんな思考が脳裏に過ぎる。

 黒く塗り潰された刀身の魔導武装が閃く度に、異形が両断され、断末魔と血飛沫が上がる。


「シャァァァ!!」


 次々と仲間が斬殺される事に怒りを覚えたのか、人の腕ほどもある大蛇が、横合いから襲いかかってくる。

 俺は身を躱して、迫り来る牙を回避。

 蛇の胴体を脇に挟むようにして捕獲クラッチ、力任せに引っ張った。

 強化魔法によって底上げされた俺の膂力は、大蛇の抵抗も物ともせず、ぶちりと蛇の胴体が引きちぎる。


「グギァォォォォ!?」


 尻尾を引きちぎられた獅子の異形が情けない悲鳴を上げる。

 キマイラとでも言うべきか。

 その異形は、ゲームのキャラクターのように、尻尾が蛇で、頭部が獅子の怪物だった。

 頭尾とうびを繋ぐ胴体は茶褐色の毛並みで覆われ、すらりと伸びる四股は僅かに白んでいる。

 目算でも体長6mを超える巨躯は、まるで象のようだ。


 魔物の姿形は、既存の生態系の範疇に留まらない事を改めて実感させてくれる。


 魔物とは、迷宮に棲息する異形の総称の事だ。

目の前の魔物のように、生き物同士が混ざっていたり、極端に巨躯きょくであったりと、多くは異形の姿をしている。


 俺はすぐさま蛇の尻尾を地面に落とし、魔法を発動。

 すると、流れる時が急速に緩やかになったかのように、周囲の動きが酷く緩慢になる。

 加速魔法によって、俺の知覚速度や行動速度が飛躍的に上昇しているのだ。


 ほんの一瞬の間に二十五の斬撃を放ち、周囲の魔物を一掃する。

 それから2分ほどして、魔物の群れを殲滅せんめつした。


「ふぅ。」

「いやぁ、すげぇな!あんだけの魔物を一人でやるとか、強過ぎだろ!」


 軽く一息つくと、パチパチパチと乾いた拍手と手放しの賞賛が送られてくる。

 俺はじろりとした視線を彼、古谷ふるやさんに向ける。


「そういう古谷さんは撃ち漏らし過ぎです。これじゃどっちがメインなのか、分からないじゃないですか。」


 今回の作戦では、銃型の魔導武装エンチャント・デバイスを持つ古谷さんが敵を倒し、撃ち漏らした敵を俺が仕留める役目だった。

 要するに、俺はオマケで、後衛がメインだった筈なのだ。

 それがいつの間にか逆転してしまっていた。


「まぁまぁ、上手くいったんだから良いじゃねぇか。それより早く魔石集めようぜ。」


 古谷さんは人懐っこい笑みを浮かべて言う。

 どうにも憎めない笑顔に、俺は弱ったように眉を下げる。

 ちょっと大丈夫なのかと思わなくもないが、古谷さんも良い大人なんだし、俺が言うことじゃないか。

 俺はそう納得し、周囲に散らばる魔石を回収し始める。


 魔石は魔物が死亡する際に発生する赤黒い結晶体の事だ。

 魔物の魂の抜け殻とも言われていて、内部には微量のエーテルが含まれている。

 卓球ボールぐらいの大きさの魔石一つでも車が数km進む程のエネルギーを生み出せるらしい。

 他にも様々な用途で使用されていて、現代社会では必要不可欠なものになっている。


「ぐふふ、大量大量。大儲けだぜ。」


 袋詰めにした魔石を見て、古谷さんが満悦そうに喉を鳴らす。

 魔石はそれなりの額で売れる。

 流石にエーテル結晶体や魔晶石のように一つ数百万、数千万の額までいかないが、塵も積もれば山となる。

 今回の魔石だけでも結構な金額になるんじゃないかと思う。


「あんまりそういうの言わない方がいいんじゃないですか?」

「金を稼ぐのはいい事だから隠さなくて良いんだよ。」


 俺が辟易した様子で苦言を呈すと、古谷さんは肩を竦め、訳知り顔で詭弁を弄した。


「それにな。何時までも『探索者』なんてやってられるか分からねぇんだから、がめつくいかねぇと。」


 『探索者』とは、迷宮を探索し、活動している者の事だ。

 安直な職業名だが、世の中、動画配信者とか、インフルエンサーみたいな職業もあるのだ。さして可笑しくもないだろう。

 世間一般的に、探索者はハイリスクハイリターンな職業として認知されている。


 実際、その通りだ。


 稼ぐことも出来るが、常に命の危険性や怪我のリスクが付き纏う。

 少しでも勘が鈍れば死に直結する事を考慮すれば、スポーツ選手同様に長く活動は出来ないと見るのが、現実的だ。


「お金って大事だぜ?高校生。」


 なので、古谷さんの言っていることは正論だった。

 大人としての貫禄のある科白せりふに俺は口をつぐんだ。

 少なくとも将来の事を見据え、備えようとしている古谷さんは、俺なんかよりもずっと立派だ。


 その正しさを認める一方で、心の中におりのような不満を募らせる。


 それなら俺は金に縛られて、『迷宮』にしがみついているのだろうか?

 態々、仕事を辞めたのに、またこうして情けなく迷宮に関わろうとしているのは、金の為なのか?


 堂々巡りを繰り返す思考と吐き出したい本音が胸を胸をいらつかせる。

 だが、それを表に出すほど破廉恥はれんちになれなかった。


「それなら頑張った分、給料上げてください。」

「ははは、ナイスジョーク!」


 やっぱ駄目だ、この人。

 見え透いた態度で白を切った古谷さんに、俺は呆れ果てるように溜息を吐いた。







 帰り道、俺は軽トラックの荷台に乗っていた。

 突撃小銃アサルトライフル型の魔導武装エンチャント・デバイスを手に、周囲への警戒を行う。

 軽トラックには防護魔法が展開されているが、迷宮内では絶対は無い。

 誰かが魔物を警戒しておく必要性がある。


 辺り一面に広がる草原に細心の注意を払う。

 軽トラックは、何度も踏みしめられた事で生まれた蛇のようなわだちの上を進む。


「今日は助かったぜ。給料の件だけど、やっぱちょっと考えとくわ。」

「ありがとうございます。ただあんまり無理しないで下さい。」

「少しはかっこつけさせろっての。」


 「遠慮するな」と遠回しに言う古谷さん。

 俺は困ったように眉を寄せ、「はぁ」と生返事をした。

 正直、おごるから格好良いとか、男気があるから格好良いというのは、よく分からない。

 まるで違う文化圏に触れたような感覚に陥る。


 戸惑っていると、視界の端に人影を捉える。

 周囲へと拡散していた注意が一気にそちらへと集中し、ぼやけていた人影を明瞭に浮かび上がらせた。

 それは少女だった。

 夕陽のような黄金の髪、緑柱石ベリルのような輝きを放つ碧眼、遠目でも分かるほど整った容貌、年齢は10代後半のように思える。

 奇妙なことに、魔導武装の類は見受けられず、ワンピースのような軽装をしていた。

 艶のある薄い唇が動く。


『見つけた。』


 俺はぎょっとして目を見張る。

 瞬き一回を挟んで、もう一度注視した時、少女の姿は忽然と姿を消していた。


「どうかしたのか?」


 異変を察知したのか、古谷さんが声を掛けてくる。


「六時の方向に人影がありました。敵対行動は取ってないです。」

「なら、他の探索者とかじゃねぇの?別に珍しくもねぇだろ。」

「まぁ、そうですね。」


 現実と認識の乖離かいりに当惑しながらも、俺は不承不承ふしょうぶしょうに頷いた。

 疲れるのか、俺。

 目を擦り、もう一度少女のいた方向を一瞥したが、やはりそこには誰もいなかった。

 ただ背の低い草が横に傾いているだけだった。

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