元迷宮攻略特殊部隊の探索者

沙羅双樹の花

第1話 プロローグ



 虹色の極光オーロラが架かる幻想的な夜天が死んで行く。

 視界の端から鮮やかな色彩が剥げ落ち、澄み渡るような青空へと塗り替えられる。

 白銀の雪景色は灰色のコンクリートに、凍てつく湖畔はなんてことの無い公園に、雪を抱えた針葉樹は道路に植えられた街路樹に。

 雄大な大自然の光景は、人工的に作られた街並みへと戻っていく。

 『迷宮ダンジョン』のコアが破壊されたことで、元の現実に戻ってきているのだ。


 名残惜しいな。

 絶景写真のような景観に内心、感嘆の想いを抱いていた俺──天河 悠希は素直にそう思った。

 都会の光景に似合わない黒の強化外骨格パワードスーツのまま、道端に立ち尽くし、俺はじっと迷宮の死を見届ける。


『こちらD1。迷宮の消滅を確認した。D6、状況を報告しろ。』


 隊長からの無線だ。


「D6、核を破壊しました。魔晶石も回収済みです。」


 魔導武装エンチャント・デバイスに収められたエーテル結晶体を一瞥し、俺は任務を完了したことを伝える。

 そして、最後にこう付け加えた。


「あと、俺仕事辞めます。」


 滅茶苦茶、怒られた。





 ──迷宮災害。

 2024年を皮切りに自然発生するようになった『迷宮』は、人類に対して様々な恩恵を齎した一方で、深刻な問題を引き起こしていた。

 そして、2040年、現在、世界中で最も問題視されている災害となった。


 『迷宮』とは、第五元素エーテルという未知の物質によって構成された異空間を指す。

 内部では独自の法則が働いており、不可思議な現象や異形の生命体が確認されている。

 そして、問題となるのが『迷宮』のとある特性である。


 それは、発生時に周囲の空間を取り込んで、現実を上書きするというものだ。

 そして、100時間弱の時間が経つと『迷宮』は安定化、以降は核を破壊しても決して元に戻らなくなる。


 これが問題だった。

 分かりやすく言えば、100時間の時間制限タイムリミットを過ぎれば、『迷宮』が消えなくなり、巻き込まれた人は死体も残らず、消滅してしまうという事だ。


 もしも人類の活動領域で『迷宮』が発生すれば、場合によっては数万、数十万人の人命が喪われる事が予想される。

 特に人口の密集しやすい日本ではぞっとしない話だ。


 かといって、人が居なければ良いという訳でも無い。

 こちらはこちらで問題が起きていた。


 『迷宮』の発生件数が年々と増え続けた結果、人類の生息域を圧迫し始めていたのだ。

 アメリカの研究機関が『迷宮による世界侵略』という見出しで、各大陸の約2割が迷宮化している事を発表し、世間を騒然とさせたのは記憶に新しいだろう。

 その際に被害が甚大であったのは、迷宮の破壊が行き届きにくい過疎地域や無人地域だった。


 人の密集地域、過疎地域、両方において猛威を振るう迷宮災害は、最早、地震や噴火にも勝る人類の脅威となっていた。


 こうした迷宮災害に対して、迷宮庁は次のような言葉を残している。


 ──『迷宮』は、可及的速やかに破壊しなければならない。




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