第13話 酒場カルニーゴ
考え事をしながら歩いていると、ようやく最後の現場である酒場「カルニーゴ」が見えてきた。
まだ昼前なのでやってるかな、と心配だったが、営業中の札が見えたので、ドアを押して中に入る。
薄暗い店内はちょっとしたホールのような造りで、テーブル席が10席ほどと、奥にカウンター席が並んでいる。
カウンターの中でバーテンダーがグラスを磨いていた。
カウンター席の端には、もう既に酔っぱらっているのか、ショットグラスを握りしめてカウンターに突っ伏している男がいた。
俺は店内をぐるっと見回してから、ゆっくりとカウンターに近づくと、中に居るバーテンダーに笑顔で話し掛ける。
「やあ、ちょっといいかい? ここの酒場のオーナーに話を聞きたいんだが」
バーテンダーは手を休めずグラスを磨きながら、無言で酔っ払いの男を顎で指す。
「え? これ・・・・・・?」
俺は確認の意味でカウンターに突っ伏している酔っ払いを指さすが、バーテンダーは頷くのみ。
仕方なく、俺は酒臭い酔っ払いに近づくと、肩を揺すって声を掛けてみる。
「すみませーん、ちょっと話できますかぁ? 起きてくださーい」
しかし、酔っ払いはカウンターに突っ伏したまま、意味不明の呻きともつかない返事をよこしただけだった。
俺は諦めて、バーテンダーに向き直る。
「こりゃあダメだ。なあ、ケビンってのはいつ頃出勤だい?」
「ケビンは俺だ」
これまで一言も言葉を発しなかったバーテンダーが、無愛想に答えた。
なんとなくもっと若い店員を想像していた俺は、少し驚いたが、ケビンに歩み寄る。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだが・・・・・・?」
無愛想だったケビンは、銀貨を一枚握らせると別人のように愛想が良くなり、店の外に出て身振り手振りで説明してくれた。
「あの日は、夜になって結構客が入ってましてね。アリス嬢ちゃんはいつも夕方の仕込みやら夕飯時の忙しいときを手伝ってくれて、酔っ払いが増える夜までには家に帰るのが日課なんですよ。
あの晩も常連たちに手を振ってドアを出ていくアリス嬢ちゃんを見かけたんで、後で渡そうと思っていたケーキを渡さなきゃ、って思って直ぐに後を追ったんでさ。
ところがついさっき出たばかりだから、すぐ追いつけると思ったら、通りに出ると姿がもう見えなかったんですよ。
ごらんの通り、店の前の道は一本道で見通しもいいから、薄暗くたってそう見失うはずが無いのに、おかしいなと思ったのを覚えてます」
「冒険者ギルドのグリンゴの話では、なんでも初めて見る鳥の姿を見たとか?」
「関係あるかわかんないですけど、羽音がしたから空を見上げると、たくさんの小さな鳥が塊みたいになって飛んでたんでさぁ。そん時はもう暗いのに鳥目で見えるんだろうか、って不思議に思ったんですよ」
「もしかして、その鳥って、こんな形をしてなかったかい?」
俺は落ちていた棒ッ切れを拾うと、地面に簡単なシルエットを描いてみた。
「そうそう! そんな形のやつでした! あんまりこの辺じゃ見かけない鳥だなと思ってたんですが、旦那は知ってるんですね。これ、なんていう鳥なんです?」
「・・・・・・鳥じゃなくて、蝙蝠って言うんだよ」
さて、幾つか可能性を考えていたが、どうやら中でも最悪のヤツが当たっちまったようだ。
ケビンに礼を言って酒場を後にした俺は、これからどうしようか、とちょっと考える。
ちょっとばかり状況が変わったし、調べてもらいたいことも出来たから、エミリーのところへ行こう、と決めた。
エミリーの事務所というか拠点は、歓楽街の外れにある。
なんでそんなところに? と聞いたことがあるが、エミリーは悪い顔で嗤いながら
「蛇の道は蛇って言うでしょ。裏の情報は昼間の明るい場所より、夜のいかがわしい街の方が集めやすいのよ」って言っていた。
ふーん、そんなもんか、と思って、なぜかちょっとだけ感心したね。
この街の歓楽街は、名うての犯罪都市だけあって、規模がデカい。
街の人口に見合わないほどの店数と広さがあるので、他所の街からもスリルと女を求めて遊びにくる物好きがいるくらいだ。
表通りの商店などが建ち並ぶ通りから、二つほど通りを奥に入れば、もうそこは歓楽街だ。
あらゆる種族に対応した料理や酒、女にギャンブルなどを提供する店が、所狭しと犇めいている。
夜ともなれば、夜光花が花開くように看板に灯がともり、発光苔で光らせた色とりどりの看板や提灯が誘蛾灯のように男たちを吸い寄せる。
そして艶やかな夜の蝶たちが、美しく装い化粧して道行くカモを捕まえるのだろう。
が今は、明るい日の光に照らされ、死に絶えたゴーストタウンのようだ。
暗ければ目立たないのだろう薄汚れた店の壁や、罅の入った看板、路地裏のゴミ箱からは生ごみが溢れ、野良犬が漁っている。
太陽の光の下でみると、全てが白っちゃけていて、まるで化粧の剥げた年増の素顔のようだ。
先程からゴミ箱をひっくり返して中身を漁っていた野良犬が、なにやら得体のしれないものを咥えていく。
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