第12話 追跡

 冒険者ギルドを出た俺は、とりあえず、少女たちがいなくなった現場に行ってみることに決めた。

 ほら、刑事物や探偵小説でも「現場百回」って言うだろ?

 やはり実際に現場に行って、調べてみないと分からないことって、あると思うんだよね。


 そんなわけで、まず、ドミニク医師のジェニーちゃんが行方不明になった現場から調べてみることにする。



 ドミニク医師の家は街の中心街にあって、ジェニーちゃんが通っていた個人教授のアパートメントまではたったの2ブロックほどしか離れていなかった。

 普通に歩いても五分ほどの距離だ。

 子供の足でもそう変わらないだろう。


 さて、ここからは俺の得意技を使って詳しく調べてみようか。


 一般的に狼の嗅覚は人間の100万倍で、嗅覚細胞の数が人間は500万個ほどなのに対して狼のそれは1~2億個もあると言われているのを知っているかい?


 人狼である俺は、獣化もしくは獣人化すればそれ以上の嗅覚を発揮することができるのだが、人の身体では鼻の構造上、獣化した時と同じくらいの嗅覚を得るのは難しかった。


 しかし、忍者の修行を重ねながら、嗅覚や聴覚の強化をおこなう修行をすることで、俺は人の姿のままでも特殊な嗅覚を発揮できるようになったのだ。


 忍者の修行の一環で得たものなので、俺は種族特性がベースとはいえ忍術と言っていいのでは、と勝手に思っている。

ただ忍法「嗅覚発動」って言うのはカッコ悪いから、忍法「追跡」(チェイス)と呼んでいるんだ。中二病と嗤わば嗤え。

本当は人狼という種族の固有スキルのようなものかもしれないけどね。


 この忍法「追跡」(チェイス)の最大の特徴は、一言で言うと臭いの跡が帯や線のように可視化して見えてくるところだろう。


 例えば人間が道を歩いていると、その体臭が染み込んだ靴の跡だけではなく、眼に見えない匂いの粒子が人間の身体から振りまかれて風に飛ばされたり、道に落ちたりしていくものなんだ。


 ほら、美人と擦れ違った時にほのかに香水の香りが香ったりした経験あるだろ?

 香水つけすぎたオバサンだと、その人が通ったあとや、さっきまで立っていた場所に人の形で匂いが残っているような気がしないか?


 それが臭いの跡、「臭跡」なのだ。

 俺にはそれが対象物や臭いの大きさによって、帯や糸みたいに鼻と眼で感じられる能力がある。


 そうだな、言わば拡張現実(Augmented Reality)のように、臭いによって色とりどりの帯や毛糸が、現実の道に重なって見えている感じと言えば、少し解ってもらえるだろうか?


 もちろんそのままでは対象が多すぎて判別できないから、探したい物や人の匂いさえわかれば、その匂いに絞ることが可能だ。

そうして絞った対象の糸を辿ることで、狙った獲物を追跡できるというわけだね。


 情報屋エミリーが優秀なのは、俺に渡してきた少女たちのファイルの中に、本人が所有していたハンカチやリボンなどを、匂いが分かるよう密封した袋に入れて添付してあったことだろう。

 人の往来がある道端で、そんなものをクンカクンカする訳にいかないから、家で少女たちの匂いは覚えておいた。


 それではいこうか。

忍法「追跡」(チェイス)発動!


 発動した途端、今まで感じられなかった様々な匂いがブワッと鼻に押し寄せてくるような感覚に襲われる。


 道を行く人たちの体臭や衣服に着いた食事やタンスの匂い、街路樹の樹の幹や葉っぱの香り、遠くのパン屋から漂ってくる焼き立てパンの香ばしい匂い、庭の花壇の水を掛けた土の湿った匂い・・・・・・エトセトラ、エトセトラ。


 それに加えて眼にはさまざまな「臭跡」が極彩色の帯や糸状で路面を走っているのが見えてきた。

 覚えておいたジェニーちゃんの匂いを思い出し、意識して様々な匂いの中からジェニーちゃんの「臭跡」に絞って選別していく。

 

 忍法「追跡」(チェイス)を通して見つけたジェニーちゃんの臭跡は、赤い毛糸のような細いものが石畳の上に見える。

もう何日にちか時間が経っているので、かなり途切れ途切れだったけど、まだ辿れないほどではなかったのは助かった。


 赤い糸を辿っていくと、個人教授のアパートメントを出て、家の方角に向かっているのがわかった。

 ちゃんと広い人通りのある道路を通っていて、狭い路地などには足を踏み入れていない。

なかなか賢い子だな。治安の悪い街の歩き方ってものを知っている。


 念のため、路地などに怪しい臭跡がないかも気を付けながら糸を辿っていたが、ある曲がり角を曲ったところで、パタッと途切れてしまっていた。


 俺は途切れた場所を念入りに調べてみたが、臭跡が入り乱れるなどの拉致した場合に見られるような痕跡は見つからなかった。

 周辺の街路樹や建物の壁に臭跡が無いか確認したが、何もない。

 文字通り、空に消えたとしか思えない状況だ。


 ・・・・・・空にねぇ。

 まぁ、他の現場にも行ってみるとしようか。



 結論から言うと、他の現場も同様だった。

 途中まではちゃんと臭跡があるのに、突然ぶつりと消えてしまう。

 俺は最後の現場である酒場「カルニーゴ」に向かいながら、頭の中では様々な可能性を吟味していた。

「もう少し、確証が欲しいところだな・・・・・・」

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