第11話 グリンゴ

「なんだ、知り合いだったのか?」


 受付嬢に連れられて、階段を降りてきたグリンゴが俺に近づいて来ると、隣で脂汗を流している筋肉ダルマと俺を見ながら不思議そうに言う。


「いや、初対面だったんだが、こいつが親切に待っている間の話し相手になってくれたんだよ」


 俺が素知らぬ顔でそう言うと、何やら察した様子のグリンゴは、筋肉ダルマの耳元に顔を近づけて囁く。


「良かったな、ダイス。"黒狼"に遊んでもらえて。命が惜しかったら、これからは相手をよく見てから絡んだ方がいいぞ」

「・・・・・・黒狼だってっ!?」

「じゃあまたな~、〇ーニー!」


 グリンゴの言葉に目ん玉が飛び出しそうなくらい、眼ん玉をひん剥いて俺を見ながら汗をダラダラ流す筋肉ダルマに、ひらひらと手を振って別れの挨拶をする。


 そしてグリンゴのあとに続いて、ギルド奥の階段を登ると、ギルドマスターの執務室に通された。



「すまないな、どうやら面倒を掛けたようで。ああ見えて、いいところもあるんだ」

「気にしていないよ。どうやらギルマスのあんたを守ろうとしてたみたいだし。なかなかいい奴じゃないか」


 執務室のソファに向かい合わせで座った俺たちは、ギルドの職員が入れてくれたお茶を飲みながら話をする。

 ティーカップから一口、紅茶を啜ると芳醇な香りが口いっぱいに広がり、鼻に抜けていくのが分かる。

 さすがにいい茶葉を使っているようだな。

 俺はどちらかと言うとコーヒー党だが、美味い紅茶も大好きだ。

 もう一口、飲んでから尋ねてみる。


「それにしてもギルマスのあんたを警備しないといけないような、何かキナ臭い動きでもあるのか?」

「最近、裏社会が騒がしいんだ。マルボーナファミリーに何やら動きがあるし、ルーストのチンピラ共も何かを探しているのか、動き回ってる。理由がわからないので、冒険者たちの中には戦争の用意をしているんじゃないか、と勘繰るヤツも多い。それで少し、ピリピリしてるんだよ」

「ふむ・・・・・・。新しいヤクでも流れてきたか? それか他所からチョッカイ出されているのかも」

「可能性はある。今、探っているところだ。じき、分かるだろう」


 グリンゴは改めて俺の顔をじっと見て、ニヤリと笑う。


「しかし、どういう風の吹き回しだ? 最近、郊外の家を買って、移り住んできたのは知っていたが。仕事はやめたと噂で聞いていたけど・・・・・・。

 俺に何か用があるようだが、冒険者になりたいって訳ではなさそうだし」

「魔王軍は辞めた。今は田舎のスローライフってやつを満喫しようとしているんだが、何かと邪魔する奴がいてね。今朝も俺の家にまで乗り込んできて、置き土産を置いて行きやがった。そいつを片付けないと、おちおちのんびりもしてられないんだよ。そこでひとつ、昔馴染みの誼で教えてほしい」


 俺は残りの紅茶をグイっと飲み干すと、グリンゴの方に少し身を乗り出した。


「最近、少女たちが連続で消えてるのを知ってるか?」


 グリンゴはソファにもたれかかり、タバコに火を着けると、フゥーッと煙を吹きだす。


「もちろん知ってる。ドミニク医師には何度かお世話になったことがあるし、酒場のへリングとは昔からの知り合いだ。ヤツが冒険者だった頃からのな。他人事とは思えないよ」

「なにか分かった事はあるか?」

「俺も気になったんで、親御さんたちや周りの人たちに話を聞いて回ったんだが、残念ながら得られた証言はいつの間にかいなくなってた、ということだけだったよ」

「いなくなる前後に、いつもと違うなにかは無かったのだろうか」

「まず、連れ去られている現場を見たという目撃者が居ないんだ。どの場合も気がついたらいなくなってる。・・・・・・そういえばひとり、いなくなるちょっと前に少女を見たヤツが、妙なことを言ってたな」

「妙なことってなんだ?」

「見かけない鳥が群れで飛んでた、って言ってたぜ。見たことない鳥だったから覚えてるってな。まぁ、関係はないだろうが」


 ちょっとの間、俺は考え込む。顔を上げるとグリンゴに頼んでみる。


「その妙なことを言ってたのは、どこの誰か聞いても良いか?」

「別に構わないぞ。酒場「カルニーゴ」の店員でケビンってやつだ」

「ありがとう、聞いてみるよ。助かった」


 俺はソファから立ち上がると、礼を言ってその場を辞することにした。

 ドアに向かいかけ、ふと気がついて、顔だけグリンゴに向けると笑いかける。


「ちょっとばかり、人探しをするんで街を嗅ぎまわることになりそうなんだ。了解しておいてくれるかい。それとまた何か分かったら万事屋のエミリーを通じて教えてくれるとありがたい」

「フフフ、あんたがちょっと人探し、か。面白くなりそうだが、あまり引っ掻き回して、大事おおごとにはしないでくれよ」

「ギルドや一般人に迷惑はかからんさ。他には保障しないがね」


 俺は執務室のドアを開けると、薄っすらと微笑んでいるグリンゴに、またひらひらと手を振ると別れを告げた。

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