第14話 エミリーの店
そんな風景を見るともなしに眺めながら歩いていると、目当ての建物が見えてきた。
「占術未来館エミリーの店 あなたの未来を占います」「秘密厳守」「よろず相談承ります」などの看板が超絶胡散臭い、二階建ての真っ黒い店だ。
まわりに並ぶ店も胡散臭いので、風景に溶け込んでいると言えなくもない。
エミリーはここで占いをしながら、客の個人情報を入手し、ファイリングしている。
偶にギャングの大物や、貴族が占ってもらいに来るというから驚きだ。自分から個人的な情報や弱みを教えにくるなんて、なんて奇特な奴らだろう。
でも、占い自体は、なかなか当たると巷では評判らしい。
そして同時に受けた相談事などを解決する、万事屋としてもエミリーは名を馳せている。
だからエミリーのもとには、誰がどんなことで困っているというような情報が自然と集まってくる仕組みだ。
まあ、他にも情報源や隠している情報収集の手段はいろいろとあるようだが。
店には「営業中」の札が掛かっていたので、ドアを開けて入った。
「邪魔するぞ」
「邪魔するなら帰ってー」
「じゃあ帰るわー って何でや!」
俺はそこまで言って、はぁ~っとため息をつく。
これは決してふざけているのではなく、エミリーと俺との合言葉というか符牒なのだ。
戦時中から訪問した時に、都合の悪い客がいるとか敵の待ち伏せなどのトラブルがある時は、エミリーは普通に「いらっしゃいませー」と返事することになっている。
その時は俺も初見の客の振りをするか、帰るようになっていた。
「なあ、まだこの合言葉、続けなきゃダメか?」
「嫌やわぁ、様式美というものが分からへんとは、リュカさん無粋よねぇ」
エミリーは店に入ってすぐの受付カウンターに座り、頬杖をつきながら嘆いて見せる。
「だいたい、一体全体なんなんだ、このやり取り。何か意味あるのか?」
「さぁ? なんや意味は知らんけど、昔、異世界から来た勇者が言うてたって記録、本で読んだわ。なんとなくやけど、言葉の響きがええやろ?」
エミリーがニカっと笑いかけてくる。
俺はもう反論することは諦めて、要件に入ることにした。
「ちょっと調べてほしいことが出来たんだが」
「ちょい待ち! 今ヒマだから超絶美少女占い師のエミリー様が占ったげるわ。私にかかればどんな用件かも直ぐに分かってまうから、才能って罪よねぇ」
エミリーは受付のカウンターの上にドンッと水晶玉を置くと、熱心に手を翳し、水晶を見つめて目を凝らし始めた。
俺はなんだか頭痛がしてきたぞ。
もう帰ってもいいかな。
「う~ん、リュカさん、今あなたは大きな悩みを抱えていますね」
「ああ、もちろん抱えているとも。目の前に居るバカをぶん殴ろうかどうしようか、まさに悩んでいる最中だ」
「ひょっとして現在、取り組んでいる仕事に行き詰まりを感じているのでは?」
「そうだよ。だからこそこうやって、新たに調査を依頼しようとしているんだが・・・・・・」
「行き詰まりの原因かどうか分かりませんが、あなたには女難の相が出ていますねぇ」
「全くだ。人の平穏な生活を掻きまわす、図々しい女に現在進行形で困っているよ」
「分かりました。あなたの用件とは、私をデートに誘いたいんやね! しゃーないなぁ、私もヒマやないけど、他ならぬリュカさんのお誘いなら受けんわけにもいかんわなぁ。
あっ、なんなら私、ディナーで美味しいアプロス牛を出す店知ってますけど・・・・・・」
エミリーは流石に俺を見て、爆発寸前になっていることに気づいて言葉をきる。
俺はエミリーが覗き込んでいた水晶玉の上に手を乗せると、軽く握りしめた。
ソフトボール大の水晶に、ピシッという音と共に大きなヒビが入る。
「・・・・・・言いたいことはそれだけか? もう与太話はたくさんだ」
「ハイッ!」
「じゃあ、そろそろ俺の用件に入ってもいいか?」
「ハイ・・・・・・」
エミリーは少し青ざめた顔でコクコクと頷いた。
俺はハァ~ッと大きくため息をついて怒りを鎮めると、頭を切り替えて冷静な通常モードに戻す。
「少女たちを誘拐していた方法が分かったかもしれない」
「えっ! もう?! 忍者って、情報屋の私でも掴めない情報を得る術でもあるの?!」
「あのなぁ、お前、忍者を何か超能力者と勘違いしていないか? 地道に情報収集した結果だよ」
俺の前世の記憶でも、忍者マンガや伝奇小説で、魔法のような摩訶不思議な術を使って敵を倒すものが流行っていたようだが、現実の忍者は残念ながらちょっと違う。
たとえばマンガでもよくある、伊賀忍者が使った「九字護身法」という両手で印を結び九字を切る呪法は、それによって忍術を発現させるものではなく、精神集中や緊張を和らげるための自己暗示法だという説が有力だ。
甲賀忍者も山岳信仰を源とする修験道から発展し、山伏の格好をして各地を回って薬を調合するなど儀礼を行うことで情報収集していた。
有名な「火遁の術」も火薬を使い、轟音と発光に加えて発煙させることで、敵を驚かせて隙を作らせるためのもので、極めて科学的な調合でつくられている。
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