第6話 スローライフ
遠くの山々の間から、日が昇り始め、光がさし込んできた。
森の木々や草原の草に夜露が光り、鮮やかな緑色と相まって、目覚めたばかりの眼に優しく映る。
ベット横の窓を開けると、窓の外では小鳥が囀り、朝日が昇ったばかりの大気は清浄に満ちていて、部屋の中にまで清々しい空気が流れ込んできた。
気持ちの良い、朝の目覚めだ。
この新居に移って、はや一か月になる。
やはり田舎は気持ちがいいな。すっかり汚れてしまった心が、洗われるようだ。
起きあがり深呼吸して背伸びをした俺は、すべてのカーテンを開けて日の光を浴び、着替えを済ませてから洗面台に向かう。
顔を洗って鏡を見ると、いつもの見慣れた顔が映っていた。
少しくたびれた男の顔。
10代20代の盛りを過ぎ30代に限りなく近づいて、心なしか肌つやも無くなってきたような気がする。
いや、歳のせいではなく、最近まで勤めていた裏稼業の
面もイケメンとまでは言わないが、これでも数える程だが、女性ともお付き合いさせていただいているのだ。まあ、とりあえずそんなにマズい顔でもないのではないかと、自分を慰めている。
現実逃避? 否定はしない。
いやまてそもそも、アレはお付き合いといえるのだろうか・・・・・・?
どうなんだろう、なんだか自信がなくなってきた。
そもそもあの頃は仕事が忙しすぎたんだよ戦争もあったしデートの途中で呼び出され付き合い始めて三日で振られたヤツもあったよなあれも付き合った数に入れてるんじゃないか?だいたいそんな時期に男女交際だの結婚もなにもないだろうよ仕方のない事だったんじゃないの・・・・・・・。
・・・・・・俺は鏡に向かって、なにを言い訳しているんだ?
鏡の前であれこれ百面相をしている自分に気付いて、我に返った。
なんだか馬鹿らしくなったので、もうやめよう。
よし、気分を変えてキッチンで朝食を作ることにするか。
メニューはまず、昨日街のパン屋で買ってきた顔の大きさほどもある、なんだか丸くて表面カリッで中がフワッとしているパン。
それを1~2枚スライスして、パン皿に置きバターを添える。
あとは近くの農場から定期的に届けてもらっている、牛乳や卵があったな。
卵はベーコンがあるから、ベーコンエッグにしよう。
少しベーコンを厚めに切って、フライパンの中に放り込む。
ベーコンがジュワーッと良い音をたてながら、いい具合にカリッと焼けてきたところで、卵をふたつ割って投入した。
ベーコンから良い油が大量に出ているので、卵がフライパンにこびりつくこともない。
独り身が長いということは、自炊生活も長いということなので、もはや慣れたものだ。
鼻歌交じりにパンと出来上がったベーコンエッグの二つ目玉焼、それに牛乳をコップに入れてテーブルに並べる。
椅子に座った俺は両手を合わせて、いただきますと言って食べ始めた。
俺はこの家を魔王軍を辞めた退職金の一部で買い、ひとりでのんびりとした
ここから近くの街までは、人の速さで歩いて一時間ほど離れているので、郊外というより田舎である。
周りには農場や牧場しかない。あとは山と森と川くらいだ。
憧れのスローライフを満喫するには、最高のロケーションだと自負している。
朝食を終えて食器を洗ったら、リビングの外に続くウッドデッキから降りて、靴を履くと庭に出た。
わりと広い庭には洗濯物を干す物干し台のほか、芝生の上で寝転がれるスペースや家庭菜園もささやかながら作ってある。
新しい我が家の総敷地面積は前世の基準で言うと200坪くらいか。
平屋で建坪が80坪くらいだと思うから、庭の方がかなり広い。
もともと果樹や花が植えられていたし、オレンジ色の屋根瓦に白っぽい壁が前世の記憶にあるプロバンス風な感じで、家屋と庭の樹や色とりどりな花のコントラストが絶妙に美しい。
それに一目惚れして、この家を購入したと言っても過言ではないと思う。
この家は昔、このあたりの領主の第何夫人が建てたとかで、家も3LDKに屋根裏部屋と地下室があり、一人暮らしの身には広すぎるくらいだ。
なにより風呂がついているのが気に入っている。
魔族には風呂に入る習慣が無いヤツもいるからな。
庭の家庭菜園コーナーに向かうと、大きな甕に溜めておいた雨水をじょうろに入れて、水やりを始めた。
今の俺の大切な朝の仕事なのだ。
これからはだんだんと寒くなってくる時期なので、冬用の葉物野菜や根菜を植えてある。
まだ種を植えてから一か月程度なので、まだ苗のようなものだが、この冬の収穫が楽しみだ。
白菜が出来たら鍋料理もいいよね。
水やりと畑の雑草抜きが終わったら、家の中に戻って手を洗い、家の中の掃除に取り掛かる。
洗濯は一人暮らしだから、2~3日おきで充分だ。
昨日、洗濯したばかりだしな。
掃除が終われば、一息入れよう。
豆を挽いてコーヒーを入れると、ウッドデッキに置いてあるデッキチェアに腰かけた。
サイドテーブルにマグカップに入ったコーヒーと、読みかけの本を置く。
家事が終わったあと、昼までこうしてのんびり過ごすのが、なによりの俺の癒しの時間なのだ。
これこそ、俺が思い描いていた「スローライフ」そのものだと言えるだろう。
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