第5話 魔王様

「あのさあリュカ、ふざけんじゃないわよ。ナニコレなんなの? 辞めるってどういう事よ? 小さい頃から目をかけてきたのに、裏切るって言うの? ことと次第によっちゃあ、あたしは許さないよ」


 玉座の間に入って、扉を閉めた途端、無言で手招きする魔王様。


 已む無く魔王様の近くによると、いきなり首根っこを掴まれて、俺が出した辞表で顔をペシペシされた。

 魔王様は冷静にかつ静かに怒っていた。額の角の横に浮かんだ青筋が怖い。


「ええぇぇぇぇ・・・・・・。ぜんぜん分かってくれてない・・・・・・」

「なにを分かれって言うのよ。普通に考えなさいよ。戦争を終わらせるのに一番功績があった部下が、まだなにも褒賞すらしてないのに辞めるって言われたら、誰だって驚くに決まってるでしょ。説明しなさい」

「功績だなんて。それは将軍や兵士たちが命を張ったおかげで、俺のおかげなんかじゃ・・・・・・」

「マジで言ってる? ぶっ飛ばすわよ? 私の眼を節穴だとでも思ってるの?」


 ヤバイ。魔王様の目が座っている。

 俺、いま、尋常じゃなく冷や汗掻いてる・・・・・・。


「10年前のクロムウェル会戦のとき、三方向から攻められて窮地に立った時、森に置かれた伏兵の存在を教えてくれたのは誰? あの時、あなたからの急報が無ければ、私はあの撤退戦で死んでいたかもしれない。

 正面からの闘いを避けて、ゲリラ戦というやり方を参謀本部に理解させたのは誰? あのまま馬鹿正直に人間たちと戦っていたら、もうとっくの昔に負けていたかもしれないわ。

 ええと、釣り野伏だっけ? 退却と見せかけて死地に誘い込み、相手を全滅させる作戦で大戦果を挙げたのは誰?

 クランクルム帝国のバルバロス将軍やティミドゥス連邦のマリリュース提督を暗殺して、人間たちを混乱に陥れたのは誰?

 エクストリマム神聖国などで情報操作して、人間界で大規模な反戦運動を作り出したのは誰?

 あと、去年勇者たちが来た時も、あなたがいなかったら・・・・・・」

「参りました。もうそれくらいで勘弁してください」


 俺は両手を上げて、降参の意を示す。 


「ウォードン魔王陛下。以前にもお話しした通り、俺には前世の記憶があります。それを利用しただけなんです。俺が考えついた訳でもなんでもないんですよ。それを功績と言われても、なんだかズルしたみたいで落ち着かないんです」

「ウォードンって呼ぶな!! あたしはその名前で呼ばれるのは大嫌いなんだよ! ああもう、クソ親父め! あたしに男みたいな名前つけやがって! その名前のせいで、聞いたヤツは皆、あたしをオカマか何かと勘違いしやがるんだよ! 人間の国王にまで名前を呼ばれたときは、思わず捻り殺してやろうかと思ったわ!!」

「えぇぇぇ・・・・・・。名前呼んだだけで捻り殺されるとか、あまりに理不尽・・・・・・」


 俺はバカだ。火に油どころか、ガソリンをぶち込んでしまったようだ。

 黙って首根っこを掴まれたまま、俺は脂汗を流し続ける。


 ハァハァと肩で息をしていた魔王様は、しばらくするとようやく落ち着いてきたのか、大きくため息をついた。


「ハァァ~、怒鳴って悪かったわ。でもね、あなたの知識や技はあなた自身が頑張って磨き上げてきた結果でしょ? 前世の知識だろうが何だろうが、この世で努力しなければ身につくはずが無いじゃない。あなたが努力して獲得したものなのだから、胸を張って誇りなさい」


 魔王様の眼がすこしだけ優しくなってきた。


 俺には前世の記憶があり、転生者らしいというのは、魔王様にだけには告白していたのだ。

 魔王様は俺の唯一の理解者だと言っても過言ではない。


「それに、転生者の記憶云々とあなたの功績とは別の話よ。少しは私にもあなたの献身に対して報いさせてちょうだい」

「それが昇進や領地だったりするなら、俺は御免です。俺には必要ないものです。ご存じでしょ? 俺が目立ちたくない性格ってのは」

「何言ってるの?! 今や『黒狼』の二つ名を知らない者は、どこにもいないわよ! 人間だけでなくどんな魔人だって、その名前を聞いただけで恐れ慄くわ。目立ちたくないが聞いて呆れる」

「グワーッ! その二つ名は正直好きじゃないんですよ。まるで俺じゃないみたいに話が大きくなっているっていうか・・・・・・」

「私が聞いた限りでは、ほとんど事実に基づいていたけどねぇ・・・・・・。まぁいいわ。

 それで?

 改めて聞くけど、何故辞めるの? その気持ちは変わらないの?」


 やっと魔王様が掴んでいた首根っこを放してくれたので、俺は首を廻してコキコキいわせながら答えた。 


「正直に言いますね。俺は疲れちまったんです、噓だらけの世界に。

 諜報機関ニンジャの仕事って言うのは世の中の裏側を這いずり回る仕事です。最初のうちはスリルがあって楽しいと思えてたんですが、最近ではなんだか、騙し騙される世界に嫌気がさすようになってしまいました。

 こうなるともう、諜報機関の長なんてやってちゃいけないんですよ。相手に付け入るスキを与えてしまうんで。なにか大きな失敗をしでかす前にルナリエに譲るのが、この国のために一番いいと判断しました」

「で。本音は?」

「飽きた。ひとりでゆっくり暮らしたい。カワイイ女の子とデートしたい。嫁が欲しい」

「ハァァ・・・・・・」


 魔王様は呆れたように、これ見よがしにまた長いため息をついてみせた。

 

「リュカ、お前いくつになった?」

「28です。もうアラサーですよ」

「500年生きている私から見れば、赤ちゃんのようなものだけどな。お前も人狼なら寿命が長いんだから、まだそんなに焦るような歳じゃないだろうに」


 あれ? 魔王様、いつのまにかお前呼ばわりになってる。

 いや、そこじゃなく、人狼の寿命って幾つだっけ?

 ひょっとして俺、前世の人間の常識に引きずられてるのか?


 じっと俺を見つめる魔王様。

 考え込む時の癖で、右手で頬杖をつき、人差し指で額の角を触っている。

 俺は視線にさらされながら、ただ脂汗を掻くしかできない。


「・・・・・・分かった。仕方ないから、長官職を辞めるのは認めてあげる」

「!! ありがとうございます!」

「ただし、完全に引退じゃなくて、嘱託扱いで再雇用されるのが条件だけどね」

「ええぇぇぇぇ・・・・・・。それって何の意味が・・・・・・」

「あんたねぇ。辞めてもまだこれから長い年月、生活していかなくてはいけないでしょ? 収入無しでどうやって生きていくつもりなの?」

「そりゃ・・・・・・適当に仕事に就いて」

「その手間を省いてやろうというのよ。今と同じだけという訳にはいかないけど、給料は払ってあげる。毎日出勤する必要はないわ。田舎の一軒家でもどこでも好きなところで暮らすといい。だけど、私が仕事を頼んだ時は、ちゃんと引き受けて働いてくれるだけで良いことにしてあげるわ。ちゃんと仕事を片付けてくれればボーナスもあげましょう」


 俺はゴクッと唾を飲みこむ。


「つまり、俺にフリーランスの仕事屋みたいなことをやらせようと?」

「相変わらず吞み込みが速いわね。私はね、有能な者が大好きなの。有能だと認めた者を、そう簡単に手放したり、他所に盗られるような危険を冒すつもりはないのよ。

 安心して。あなたに頼むような仕事って、年に一度あるかないかだと思うから、それまで自由にしていたらいいわ」


 俺は魔王様の提案について考えてみる。


 魔王様の申し出は破格の好条件だ。

 俺を囲い込む目的のために、月々給料まで払ってくれると言う。


 まあ、たいていの仕事はルナリエや部下たちで片付くだろうから、俺に回ってくるのは魔王様が言うとおりそんなに頻度は高くないだろう。

 ただし、回ってくるのはルナリエたちが手に負えない大仕事だということになるかもしれないな。

 ・・・・・・でも、それはそれで面白いそうじゃないか!


「・・・・・・では、これからは魔王様直属の嘱託、ということになるんですかね?」

「ウフフ、そういうことになるわね。褒賞と慰労の気持ちも込めて、退職金は弾んであげるわ。あとで退職金の受け取りと再雇用の契約書にサインしておいてちょうだい」

「わかりました。ありがとうございます」

「それで、どこで暮らすか、決めているの?」

「はい、実は考えていたことがあります。実はスローライフというヤツをしようと思ってるんですよ」


 俺はにこやかに、心の中で温めていた計画を話し始めた。

 俺を眺める魔王様の呆れ顔には気がつきもせずに。


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