第4話 忍術
そもそも虎鳴流の源流である戸隠流には「忍者八門」と「忍者十八形」というものがあると学んだ。
「忍者八門」とは八種類の必須科目のことで、気合術・骨法術(素手での武術)・剣術・槍術・手裏剣術・火薬術・遊術(アクロバット)・教門(教養・知識)を指す。
「忍者十八形」とは武芸十八般に倣い「八門」だけではなく、棒術・鎖鎌・薙刀・馬術・水練・火薬術・謀略・諜報・忍入・隠遁・変装・天文・地文などを交え、虚実転換することを骨子としたものだ。
虎鳴流は独自にこれらの中から良いとこ取りをした形で、全部ではなく必須科目のうち実戦に向いたいくつかを特化させていた様だ。
なかでも武芸だけではなく諜報・調略にも特化していた点が、のちのち俺のためになっていったのだから、なにが役に立つか分からないものだ。
戦国の世には特に必要とされた科目だったんだろうな。
俺が15歳になった頃、人魔大戦が勃発し、魔族や亜人と呼ばれる種族と人間たちとの間で戦争が起きた。
兄たちに続いて魔王軍に志願した俺は、この戦争はそれまで密かに磨いてきた忍術を生かす良いチャンスだと感じていた。
斥候を志願した俺は忍者の能力を使って働き、勇者の動向や人族の軍隊の情報を集めては報告しているうちに、次第に上官たちから重宝がられるようになる。
もともと人狼族は、獣人化しないかぎり普段は人族と全く見分けが付かない外見をしているし、どんな警戒厳重な城だろうと俺にかかれば食後の散歩のようなものだった。
まるで幽霊のように天井や床下を通り抜け、誰にも気づかれる事無く王の寝所にだって忍び込めた。
俺の持ってくる情報の確かさや、その有効性に聡明なる魔王様は気づいてしまう。
そして開戦以来、魔王軍の弱点だった諜報活動を取り仕切るよう、俺に専門の諜報機関を立ち上げろという魔王様の
そこからが大変だった。
自分より年下の18歳やそこらのガキがいきなり長官と言われても、魔族たちが素直に従うはずがない。
歳は若くても既に魔王軍に三年も居て、それなりに昇進もしていたのだが、俺を馬鹿にした古参の連中は言うことなど聞こうともしなかった。
仕方なく実力で叩きのめし、言うことを聞かせるように
俺も稽古代わりにちょうどいい運動だと割り切って、模擬戦感覚で相手をコテンパンにのしてやることにしたのだ。
力のあるものに魔族は従う。
俺にコテンパンにのされた奴らは、忠実な部下となって俺を助けてくれるようになった。
俺はそんな奴らに虎鳴流の忍術を、それぞれの適性に応じて教え込んだ。
たとえば隠形が得意な種族には隠遁・諜報を叩き込み、サキュバスたちにも「くノ一」として変装・忍入を教えた。
もちろん、身を守るために必要な武術系の技術の取得は必須としている。
設立から二年も経つ頃には総勢200名ほどの諜報部員を抱える大所帯となっていて、暗殺などの荒事もこなし、勇者や人族の軍隊に恐れられるプロ集団にまで成長した。
敵地に侵入して指令を待つ「草」と呼ばれる
最終的には1000人以上の諜報部員や分析官などを抱える、超一流の
人間たちの将兵や幹部の間では、我々は「
侵入の痕跡すら残さず、情報を盗み、暗殺を遂行する。
まさに
情報は最強の武器だ。
使い方によっては、どんな名剣や強力な弓矢より、何倍も効果的に相手を倒せる。
諜報戦で優位に立った魔王軍は、数の暴力で押してくる人族の軍隊と互角以上の戦いを演じることができるようになった。
そしてお互いに深い傷跡を残した戦いは、遂に対等の条件で和睦するに至り、13年もの長きにわたった人魔大戦はこうして終わったのだ。
戦争が終わると平和が訪れた。
人間と魔族との間には、まだ抜きがたい
俺の家族もみんな死んでしまった。
父母も兄弟も親類縁者も屋敷や領地まで、人間たちの軍隊に皆殺しにされ、土地ごと焼き払われたのだ。恨んでいないと言えばウソになる。
しかし、それはお互い様なのだろう。
平和になっても諜報機関の仕事は重要だ。やることは山ほどある。
でも、もう俺はいなくても大丈夫じゃね? そう思ったんだ。
あとはルナリエや幹部たちで充分やっていける。
そう言えるだけ仕込んできたつもりだし、あいつらも期待に応えるだけの働きを見せてくれた。
だからそろそろ、俺も好きなことして暮らしたい。
そう思って辞表を出すことにしたんだ。
きっと、魔王様なら分かってくれるだろう。そう信じている。
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