第7話 エミリー

「リュカさぁぁぁんっ! リュカさぁぁぁんっ! 居るんでしょうぅ~?! リュカさぁぁぁんっ!」


 家の周りはクリーム色の土壁に囲まれているので姿は見えないが、アーチ状の門に取り付けられた鋳物の門扉あたりでなにやら騒ぐ声が聞こえる。


 せっかくの癒しの雰囲気が霧散してしまったではないか。 


 ため息をついた俺は、デッキチェアから立ち上がり、苦々しい思いで門へ向かう。


 声から見当はついていたが、来客は万事屋よろずやのエミリーだった。


「なんだ、エミリーか。どうしたこんな朝早くから。面倒事ならお断りだぞ」

「ああっ、やっぱり居た居た。なんだとはご挨拶やな。私とリュカさんの間柄やないの、冷たいわぁ」

「人が聞いたら誤解を招くようなことを言うな。お前とは単なる仕事上での付き合いじゃないか」

「嫌やわぁ、このお家おうちも紹介してあげたやないの。もう他人とは言えないじゃ」

「ふざけんな、他人だ他人!」


 エミリーとは戦争中、ある任務に就いていた時、情報屋として機関に雇い入れてからの腐れ縁だ。

 諜報機関ニンジャ部隊を辞めるので、どこかに手ごろな家はないか? と尋ねたら、今のこの家をたちまち見つけてきた。

 昔から、情報屋としての腕は、超一流なのだ。


 ただひとつだけ気に入らないとしたら、この家に最も近い街が「最果ての街:ペルフィード」だったということだ。

 紹介してくれた時、エミリーコイツもそのことには一言も触れやがらなかったしな。

 今思えば、家を見た時にひとめで気に入ったので、周りの環境をなにも確認もせず購入したのが間違いだった。

 

 あとでエミリーから聞いた話によると、戦争前のペルフィードは、人間たちと亜人が共に住む平和な街だったらしい。


 ところが戦争によって、昨日まで友人同士だった人間と亜人が対立し、殺し合うような地獄となった。

 人心も街も荒廃し、領主も魔王軍に攻め滅ぼされて死亡してしまい、無政府状態になってしまう。


 そうなると勢力を伸ばすのは、お決まりの裏社会のクズどもだ。

 ペルフィードの街は軍隊崩れのギャング共が勢力争いの抗争を繰り返し、一般市民も巻き添えにした血で血を洗う暴力都市と化してしまう。

 

 そして今は最大勢力のギャングである「マルボーナファミリー」が街を取り仕切っている。

 対抗勢力は、近年成長が著しい「ルースト」という半グレ集団だ。


 マルボーナファミリーは何処からか、以前の領主の遠い血縁を見つけ出してきて、名目だけの領主に据えた。

 こいつが今の領主のマルサグーロだ。


 当然、マルボーナ家の傀儡だし、マルサグーロには実質的に権力も無ければ、やる気もない。

 そんなだから領主の抱える衛士隊も、治安維持しごとなど最初はなからやる気がなく、ギャングや半ぐれから袖の下かねを貰っては、昼間から酒場で酒を飲み女を抱くようなありさまだ。


 そんな街だから、秩序もへったくれもない。

 割を食うのは逃げ場のない一般市民だ。

 それでも何とか街として成り立っているのは、ダンジョンが近くにあるせいで冒険者ギルドが戦前から存続しているからだろうな。


 冒険者ギルドに関係する市民には、よほどのことがない限り、ギャングも半グレも手を出さない。

 腕に自信のある冒険者たちには、ギャングたちも一目置かざるを得ないからだ。

 加えて国を跨ぐ巨大組織である冒険者ギルドの支部長であるクリンゴの睨みが効いてるから、奴らは冒険者たちには手出しができないのだ。


 俺はクリンゴとは戦争中に関わったことがあるが、ヤツは至って真っ当な人間だった。

 グリンゴは元S級冒険者のベテランで、当時から魔王軍の俺に対しても公平な立場を取ってくれたのを覚えている。

 立場上、冒険者ギルドは人魔大戦には中立なので、どちらの陣営にも加担しなかったとは言え、人間なのになかなかできることでは無いと感じ入ったものだ。


 そのおかげで、街はかろうじて危ういバランスの秩序が保たれている。

 なにかの拍子にバランスが崩れれば、また大勢の血が流れる暗黒時代に逆戻りだろう。


 家を買うまで知らなかったが、エミリーはこんなペルフィードの街に万事屋本拠を構えていたのだ。

 どうりで家を探し出してくるスピードが速いはずだよ。


 何故ペルフィードの街に万事屋を構えているのかと言うと、エミリー曰く、蛇の道は蛇で裏の情報は裏稼業が集まる最果ての街がなにかと便利なのだとか。


 そんな話を聞いた時、なんとなく嫌な予感がしていたのだが、得てしてそういう予感は当たるものと相場が決まっている。


 俺が今の家に住み始めると、エミリーは俺になにかと厄介事の相談を持ちかけてくるようになったのだ。


 最初は、近所のおばあさんが困っている、という相談だった。


 孫娘がルーストのチンピラに拉致されたというので、泣き崩れるおばあさんをかわいそうに思った俺は、奴らのアジトに侵入して誰にも見つからずに孫を助け出してやった。

 お互いに抱き合って喜ぶおばあさんと孫娘をみて、助けて良かったと心から思ったものだ。

 エミリーを通して冒険者ギルドのグリンゴに誘拐事件のことを届け出て、ふたりを保護してもらう手筈をとり、それですべては解決したはずだった。


 今思うと、これが失敗だったのだ。

 俺はあまりに簡単に、そして完璧に解決しすぎたのだ。

 エミリーが味を占めるほどに。


 でも、仕方ないだろう。

 忍者の術を使うまでもなく、ホントに簡単なことだったのだから。


 それからというもの、エミリーは「どうせ暇してんのやろ? 暇つぶしにお仕事を紹介してあげてるんやないの。感謝してほしいくらいやわ」などとほざいて、次々と厄介事を持ち込むようになってしまった。


 マジで勘弁してほしい。

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