第二章 エッチが出来ない? セクサロイド
第2-1話 停戦出来るの?
エルフ女王、ヨーシュアの朝は早い。
季節に関わらず日の出とともに起床し、神殿前の池で一人沐浴してから神殿内の座所で瞑想を行う。これは彼女の古くからの習慣で、体内のマナを整え魔法力を高める効果があると聞いている。
しかし肝心の魔法自体がエルフ世界から失われてすでに長い年月が経っており、今更何の役に立つのかと陰口をたたく側近もいる様だ。
だが、やがて魔法が復活しエルフが万物の頂点たる証を示す時が必ず来る。
そう信じて、もう二百年以上毎日かかさずこの所作を続けている。
瞑想が終わって、朝食を済ますと女王の執務室に向かう。
例のアンドロイドと人間界の動向が一番の気がかりではあるが、今国が抱えている問題はそれだけではなく、ヨーシュアの悩みは尽きない。
いっそ、女王がもう二三人いてもいいかも知れないと本気で考える事がある。
「陛下! お願いです。お話するお時間をいただけませんか!?」
執務室の扉の前で、いきなり声をかけられた。
「何ですかパルミラ。あなたらしくもない。いくら私に近しい立場にあるといっても、無作法に執務の邪魔をするのはルール違反ですよ」
「そこを曲げてお願い致します! 私、もう気が気ではなくて……」
「ふうーっ。仕方ありませんね。あの事でしょ? 分かりました。
それでは、私は今から大切な友人の為に三十分の休憩を取ります。
そして三時のティータイムを仕事に振り当てますので、その旨スケジュールがずれる周知をお願い致します」
ヨーシュアは脇にいた秘書官にそう伝え、パルミラを伴って執務室に入った。
パルミラは、ヨーシュア直属の近衛中隊の指揮官をしているエルフ女性で、ヨーシュアは彼女の能力を高く評価しているのはもちろんなのだが、旧来の幼なじみの様な関係でもあり、友人でもあり……彼女の苦悩はヨーシュアにもよくわかっていた。
「有難うございます。陛下……」パルミラは恐縮しきったまま小声で言った。
「構わないわ。その事は私も心に引っかかっていましたから。
それで私にどうしてほしいの?」
「はいっ! あの……今度予定されている人間達との交渉団に、私も加えていただけないでしょうか?
その中に人質交換の交渉も含まれていると伺いました。ですので……」
「うーん。あなたが人間達とうまく交渉出来るとは思えないのですが……。
ですが、その気持ちは分かります。
サルワニ公の安否を直接確認したいのですね?」
「あっ。はい……あ、あの、軍の情報や交渉団を信用していない訳ではないのですが……この城からだと、あちらの世界の事がどうにも霞掛かった様な感じで、もどかしいのです。
彼が捕虜になったとは伝え聞きましたが、実際にどんな状況で……食べ物や睡眠なども大丈夫なのか。拷問などされているのではないかなどと考えると、食事も喉を通らず……」
「たしか、来年挙式のご予定でしたわよね?」
「はい……」
「…………」
ヨーシュアは、目を閉じて思考を巡らす。
サルワニ公とは、数回しか直接会った事はないが、礼儀を重んじる、ナイトの称号に相応しい人柄だったと記憶している。サルワニとパルミラは同郷の幼なじみで、大戦後に正式に婚約をし、来年には結婚式を上げる予定だったのだ。
それが、今回の対アンドロイド戦にサルワニが駆り出され、あろうことか敵の捕虜になってしまった。パルミラが心配で夜も寝られないのは想像に難くない。
でも、だからといって近衛の者を交渉団に加える口実があるだろうか。
下手な事をすると、元老院や軍務省に対し「あなた達を信用していない」と、自分が思っているかの如く取られかねないのだ。
一方で、あちらの様子を直接確認出来ないもどかしさはヨーシュアにも確かにある。別に元老院や軍を疑うという事ではないにしても、彼らとは違った視点で、パルミラに起きている事を見て来てもらうのも悪くないかもしれないと考えた。
ヨーシュアは、執務室の机の椅子にどっかりと腰を下ろして、目の前に積まれた決済待ち書類の束を手にして、とりとめなく繰っていく。
そして……ある書類を目にしてその手を止めた。
ああ。これなら……。
「それじゃあパルミラ。今から私の言う通りになさい」
「はい、陛下! 何なりとお命じ下さい」
「私の頬っぺたを、思い切り平手打ちしていただいてよろしいですか?
なるべく大きな音が鳴る様に」
「……はいっ?」
◇◇◇
アリーナ達の奮闘で、多大な人的損害を出しながらも、なんとか1A要塞に集結出来た旧王国東部方面のレジスタンス達の動きは慌ただしかった。
エルフ側と正式に停戦を約定した訳ではないが、複数のエルフ捕虜がいる事で、エルフ側も表だった軍事行動はとらずに水面下で接触してきて、何度か非公式の両者間交渉が持たれていた。
そして来月、いよいよ正式な交渉のテーブルが用意される運びになり、レジスタンス側の主張を表明する事が出来るという事で、1A要塞内の雰囲気は明るかった。
「なーに。
アルマンは、そう言って他のリーダーたちをまとめ上げ、レジスタンス側の意見を集約するのに躍起だった。
それでも、安心しきっている訳にはいかないので、今回ここに集結した東部方面のレジスタンス達およそ八百名は、新たな中・小隊に再編成され、それぞれのテーマが与えられた。
ダルトンは、JJも含め十名程の人間の若者の小隊を取りまとめる小隊長となり、主な任務はこの1A要塞の内部精査だ。
この1A要塞。もともと終戦直前に、王国の本土決戦用の臨時大本営として造られたもののはずなのだが、実際の所、ここの建造と要人の外惑星逃亡計画が同時に進められており、1A要塞建設は国民に脱出を気取られない様にするための偽装だと、残された者達は後になって気が付いた。
エルフの進駐軍が武装解除で突入したが中身は空っぽで、出入口や要所を爆破されて決着がついた事になっていたのを、レジスタンスが二十年かけてちょっとずつ掘り返して要塞化していったのだ。
そしてこの要塞。偽装用にしてはやたら大きい。
造った連中は本当に最終決戦用の要塞にするつもりだったのかと勘繰りたくなるくらい、まだ未開拓な小さな横穴・縦穴があちこちにある。
ダルトン小隊は、それらを調査して、有事の脱出用とかゲリラ戦用に使える構造物がないかを確認する任務にあたっていた。
今日も朝から狭い横穴の中を這いずり回っていて、JJはヘトヘトだ。
(あー。スフィーラがまともなら、潜り込んで一発サーチなのにな……)
だが、スフィーラはまだ膝関節が使えず自由に動き回れない為、アルマン直下の参謀という事で、いつも司令官室に鎮座ましましている。
メランタリは、再編された獣人小隊に所属し、主に外の偵察や食料の調達に従事している。そしてJJは、メランタリの事を考えると必ず6Cの弾薬庫での事を思い出して、下半身が固くなってしまう。
(ああ……女のあそこって、あんなに暖かくて柔らかくて……)
そしていつもその後、スフィーラの事を考えてしまう。
(スフィーラ……あいつはあんなにあったかくて柔らかくは……いやいや!
何考えてんだ俺。俺がスフィーラを好きなのは間違いねえだろ!?)
そんな自問自答を繰り返してしまう。
「ねえ、あんた。JJでよかったんだっけ?」
声をかけられた方を見ると、先日同じダルトン小隊に配属された、元4Jブランチのレジスタンスの女の子だった。名前は……何と言ったっけ?
同じ年位だろうか。
赤毛を後頭部で左右に短めに振り分けた三つ編みで、鼻の周りのソバカスが結構目立つが、まあそれがチャームポイントとも言えなくはない。
「ああ。俺がJJだ……お前……なんて名前……」
「ひどいなー。女性の名前くらいちゃんと覚えてよ!
私はタルサ。タルサ・ウエスト。十五歳よ! あなたはいくつ?」
「ああ。五月が誕生日って事になってるんで、多分十六だ」
「えー。上なんだ。ガキっぽいからてっきり年下だと思った」
「うるせえな。ほっとけよ」
おれはもう経験済みだぜっとちょっと思ってしまい、顔が真っ赤になったのが分かった。
「何赤くなってんのよ。かわいー。
そんじゃあさ。これからは『お兄ちゃん』って呼んでいい?」
「ふざけんな!!」
いきなりJJが大声を出して立ち上がったので、タルサはびっくりしてしまった。彼女にしてみれば、ちょっとしたからかい程度の事だったのだろうが、JJはそうは受け取らなかった様だ。
あまりにタルサがびっくりしているのに気が付いて、JJもはっとして、気まずそうに言った。
「俺は……もう妹は、いらねえんだ……」
◇◇◇
翌日の夜。作業を終えたダルトン小隊が食堂で夕食を取っている時、タルサがまたJJの側に来て言った。
「JJ。昨日はゴメン。あんたの事情、小隊長に聞いた……」
「あ。ああ……俺もあんな大声出してごめん」
「私もね……この間の戦闘で、お兄ちゃんとお別れしちゃったんだ……」
「そっか。そりゃ……すまん……」
「なんでJJが謝るかな? それでさ……妹じゃなくてさ。
恋人同士にならない? あんた、結構私のタイプだよ。
私さ。自分で言うのも何なんだけど……結構寂しがり屋なんだよ」
「…………」
「だんまり? 誰か他に好きな人でもいる?」
「そんなん……いねーよ……」
「それじゃ、考えておいてよ。返事直ぐでなくていいからさ」
そう言って、タルサは食べ終えた食器を持って、テーブルから去っていった。
(くそ。他に好きな奴がいるって、なんで即答出来ねえんだよ……俺はやっぱり、あいつが機械な事を気にしちまってるのか?)
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