第25話 二人目の妹

 日が暮れる前に、アリーナは久々に専用装備をまとい、決死隊の面々と共にブランチを出発した。すでに頻回に敵の偵察ドローンが頭の上を飛びかっており、それに察知されない様、慎重に部隊を進めた。


 ダルトンがアリーナに問いかける。

「敵さん。ここから半径約数キロ内に居ると思われるが、詳細は分かるか?」


(モルツ、どう?)

【我々が出撃した事は把握されていると思われますので、早めに探りを入れましょう。高出力アクティブレーダー起動!  

 ……敵位置をMAPにプロットします。

 キャンセラー感度 1。西側の小隊です。

 今のレーダーでこちらの位置もバレましたので、迅速に行動を開始して下さい】


「それじゃあダルトン。私は北側の敵にあたります。

 決死隊の人たちは西側の小隊とキャンセラーの対処をお願いします。

 北と西が空けば、ブランチの人達も北西の6Cに逃げやすい」

「了解!」

 そう言って、ダルトンやJJら、決死隊の面々は、西に向かって進み始めた。


 ◇◇◇


「敵のレーダー波をキャッチ。発信元は約三km東。警戒して下さい」

「それじゃ、早めにキャンセラーを起動だ。

 万一、アンドロイドの出現情報があれば、我が小隊は最優先でそれに対処する!」エルフ軍の獣人部隊小隊長はいきり立った。

 

 陽も暮れて来て、あたりは大分暗くなってきているが、相手がレジスタンスだけならば、我々が全力で正面から当たる必要すらない。

 しかし、アンドロイド歩兵がいるかも知れないとなると、油断は禁物だ。

 現に先日、四個小隊が全滅し、ヘリまで奪われている。


「またレーダー波です。どうやら発信元は北に移動している模様」

「そうか。やはり最短で北西に抜けるルートを確保しようしているんだろう。

 そっちにアンドロイド歩兵がいるとみるべきだな。我々も至急、北に向かうぞ」

 そう言って小隊長は、小隊を北に向けて出発させた。


 その時、小隊の後方で閃光と爆発音が発生し、後ろにいた歩兵が吹っ飛んだ。

「何!? 後ろを取られた?」


 アリーナは、北に向かいながらわざと間欠的にレーダーを動かして、レジスタンスが北に移動している様偽装したのだが、まさか北に向かったのが一人だけとは思わなかったのだろう。獣人小隊は、それにまんまと引っかかったのだ。


「そりゃー! 一人も逃すな!!」

 ダルトンの号令一過、決死隊が獣人の小隊に突っ込んでいった。


 ◇◇◇


「アルマン! 熊殺しが、北の小隊を無力化した様です。

 それに決死隊も西の小隊とキャンセラーを無力化しました!!」

「よっしゃ! それじゃ、全員ここを撤退!! 6Cに向かうぞ!!」

 アルマンの号令で、ブランチで待機していた女子供や負傷兵が移動を開始した。


 北と西の異変に気付いて、東と南の小隊が突っ込んで来るだろう。

 それまでに一歩でも先に進み、決死隊やスフィーラと合流したいのだが、如何せん陽は沈み切っており女子供や負傷兵の歩みは遅い。

 だからと言って、昼間に移動したんじゃ、ドローンで捕捉されて狙い撃ちだ。

 アルマンは気が気ではなかったが、自分が焦っても仕方がないと腹を括った。


 コールネン班長は昨日3Aから逃げて来た負傷兵を背負っており、ココアも持てるだけの水を背中に背負って、フラフラしながら歩いていた。

 曇りではあるが、若干の月明りがあり全く見えない事はない。それでも一寸油断すると躓きそうになるのを、懸命にこらえながら歩いていた。


 そろそろ目標の半分位かと思った時、前方に花火の様なものが打ちあがった。


「敵襲!!」大きな声がして、護衛の兵達が散開する。

「照明弾だ!! 非戦闘員は姿勢を低くして木陰に隠れろ!」

 アルマンの声がしたので、コールネンもココアも脇の藪に慌てて逃げ込んだ。


 進んていた方角の先の方から、銃声が聞こえる。

 どうやら会敵してしまった様だ。


 緊張するココアの手を握ってコールネンが言った。

「大丈夫だから、落ち着きな。もうすぐあんたの兄ちゃんが助けにくるさ」

「えっ? あ、ああ……JJ」

 そう言いながらココアの顔は真っ赤になったのだが、真っ暗闇だったのでコールネンに気取られる事はなかった。


 やがて前方の銃声は散発的になり、ついには聞こえなくなった。

「終わったのかね?」そう言ってコールネンが立ち上がった時だった。


 ターンと音がして、弾丸がコールネンを撃ち抜き、コールネンはその場にばったりと倒れた。

「班長!!」ココアが立ち上がろうとするが、コールネンが苦しそうに言った。

「立ち上がっちゃだめだ……クソっ、後ろ側から追いつかれた様だね。

 ココア。私の事はいいから。

 あんたはその荷を置いて、このまま藪沿いに前方に離脱しな!」


「でも、班長……それにこの負傷兵さんだって……」

 だが、その負傷兵も、いいから先に行けと言う。

 

「急いで味方を呼んできます!」

 そう言って眼に涙を溜めながら、ココアは四つん這いで藪に沿って進みだした。


 まだ五十mも進んでいないだろうか。

 でも、もうすぐ後ろに敵の気配が近づいて来ている。

 でも私が頑張らないと班長も負傷兵さんも……。

 そう考えてココアは全力で、四つん這いのまま必死に前進する


 すると、ココアの後方で大きな爆発が起こった。そして敵の気配もなくなった。

「あっ……あっ……」ココアは声にならない叫びをあげた。

 あの爆発は多分、コールネンが手りゅう弾か何かを使ったのだろう。

 そう……あの時の兄の様に……


「うわぁぁーーーーーーーー!!!」

 ココアはいたたまれずに立ち上がり、絶叫しながら走りだした。

 しかし……


 タタタタタタタタッ!

 いきなりココアの足元に銃弾が連射された。


「おっと、お嬢ちゃん。どこ行くのかな?」

 

 暗くてよくは見えないが、シルエットはどう見ても人間ではない。

 ココアが動けずにその場に立ちすくんでいると、闇の中から三人の獣人兵士が現れた。


「おやまあ。レジスタンスにはこんなガキもいるのかよ。

 おいおい勘弁してくれよな。だが嬢ちゃんすまねえ。

 レジスタンスは、発見次第全員射殺命令が出てるんだ。

 悪く思わねえでくれ」


 そう言いながら、獣人兵士の一人がライフルの銃口をココアに向けた。

(お兄ちゃん……JJ……)ココアは観念したかのように眼をつぶった。


 ターン、ターン、ターン……。

 銃声が三発鳴り響き、ココアは身を固くする……しかし、あれ?

「ココア! 大丈夫か!?」


 ああ、この声は……JJだ! 獣人達は三人とも地面に倒れている。

「JJ……お兄ちゃーーん!!」

 ココアはまっしぐらにJJめがけて駆け出した。


「ああ、よかった。ココア、無事だった……」


 ターーーーーン。

 一発のカン高い銃声が響き渡り、走っていたココアに後ろから銃弾が突き刺さった。


「あれ? 私……どうしたんだろ……足に力が入らないや……」

 そしてココアがその場にばったりと倒れ伏した。


「JJ。だめだ隠れろ! まだ敵がいるぞ!!」ダルトンの声がした。

「でもココアが……」そう言ってJJがココアの側で棒立ちになっている。

 そのJJを狙って、後方の藪の中から数発の銃弾が発射された。


「JJ!!」ダルトンが絶叫する。

 しかし、JJの前に黒い影がすっ飛んできて、銃弾をすべて弾き返した。


「JJ! 何呆けてるのよ!」


 ああ! 熊殺しだ……助かった……。

 ダルトンは、その場にペタンと座り込んでしまった。


「熊殺し! 後ろの藪だ!! 数人隠れてる!」

 ダルトンの指示でスフィーラが藪に突進し、隠れていた敵全員を無力化した。


 アリーナが戻ってみると、JJがココアを抱いて震えていた。


「JJ。ココアちゃんは!?」


「……スフィーラ……俺……また妹を助けられなかった……」

 そう言ってJJは、がっくりと肩を落とした。


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