第24話 カミングアウト

 アリーナが熊殺しの二つ名を戴いてから十日ほど立った。

 相変わらず周りから冷やかされるが、ダルトンはめっきりセクハラ発言をしてこなくなった。コールネンの予言は当たった様だ。


 JJがココアから聞いた話だと、ココアにも兄がいたらしいのだが、三年前位にエルフ軍とレジスタンスの小競り合いがあった際、戦死してしまったらしい。

 まひるを失ったJJと、兄を失ったココアで、もちろん失ったものの替わりにならないが、それでも少しは欠けた心の一部を補い合えている様で、二人が仲よく作業をしているのを見ると、アリーナもちょっとだけ心が軽くなった。


 そんなある日の真夜中。生活班の緊急招集がかけられた。

 アリーナとJJも駆けつけるが、そこには女性や子供も含め、十数名の負傷者が横たえられており、生活班の者を中心に応急処置がなされていた。


「この人達は?」

 アリーナも負傷者の治療をしながら、近くにいたコールネンに尋ねた。


「南西にある3Aブランチの連中さ。

 今夜、エルフ軍の奇襲を受けて、命からがらここまで逃げて来たんだよ。

 それにしてもこれだけかい……あそこは五十人からいたはずなんだが」

「3Aって、ここから三十km位じゃないですか!? ここは大丈夫なの?」

 アリーナが驚いて言う。


「ああ、大丈夫じゃねえさ。だが、今はそんなに慌てなくていいみたいだ。

 敵さんは、焦らず着実に一か所ずつ潰しにかかっていやがる。

 今晩のうちに動く気配はねえ。

 もともとエルフ達は人的損耗を嫌がる。

 手負いとは、自分達からすすんで戦おうとはしない」

 そう言ったのはアルマンだっった。


「でもそれも時間の問題だろ?」コールネンがアルマンに言う。


「そうだな……スフィーラ、ちょっといいか?」

 アリーナはアルマンに呼ばれて、一人指揮官室に入った。


「どう思う?」

「どう思うと言われましても……」

【敵の戦力と配置・分布のデータを希望】


「敵の数とか、どっちに向かっているとか分かりませんか?」

「ああ、敵さんは四個小隊でブランチを四方から包囲し、各個撃破に掛かっているみたいだ。3Aだけじゃなくて、8Kもそれでやられたと報告があった」


「ここも囲まれる前に、どこかに逃げられないの? 

 たとえば、メランタリが行った北東の4Jとか」


「ああ。だが北東方面も別方向から敵が集まって来ている様でな。

 そうなると、ここから出て北西の6Cを目指すのが一番妥当なんだが、多分敵は順番にそこにも迫ってくる。最終的には、フラボイ山地近くの1A要塞にみんなで集合してそのまま北方に逃げるしかねえと踏んでいる」


「そこまで逃げれば何とかなるの?」

「一応、北の山脈の向こう側は、エルフさん達も手を付けてない原生林でな。

 今でも多くのレジスタンスが隠れている。とはいえ食うのに精いっぱいで、反抗どころじゃない奴らが多いんだけれどな。

 それでもみんな死んじまうよりはマシだろ?」


「そうね。それで何でそんな事を私だけに? 

 私が連中を呼び寄せちゃったから?」


「いや、それは関係ねえし、そうも思っちゃいねえ。

 ただ、ここから撤退戦をやるにあたって、どのくらいあんたに期待していいのか予め聞いておきたくてさ」


「そっか……うんとね。

 敵がキャンセラーを使うとなると、あんまり私も当てには出来ないと思うよ」


 アリーナは、以前キャンセラーを使われた際、土魔法を使ってスフィーラを動かし難を逃れた経験がある。しかしその後、モルツに協力してもらって何度も試したのだが、一度もそれを再現させれらていなかった。

 いや、土魔法だけでなく、火も水もまったく発動できなかった。

 それじゃ、なぜあの時発動出来たのか。乙女のピンチで、異常に興奮していたのかも知れないが、現時点で魔法をあてにするのは、とても危険だろう。


「やはりそうなるよな。だが、それもやり様かも知れん。

 敵も、これだけの数の小隊が動いてるんだ。

 全部の小隊がキャンセラーを装備しているとは考えにくい。

 あれはエルフの世界から持ってきている装備品だからな。

 大戦時ならともかく、今の時点でそう潤沢にあるとは思えん。

 キャンセラーを装備していない部隊に、あんたが対応してくれるのなら……」


「でも、それって、結構バクチじゃありません?」

「そうだな。だが、急がんと、本当にここも全滅だ」

「…………分かりました。私も出来る限りの事をします」


「ありがとうな。それで、もう一つ、話があるんだが」

「何でしょうか?」


「さっきのキャンセラー対策にも関わるんだが、なるべく早い時点で敵がキャンセラーを装備しているか見定めて、キャンセラーを持つ敵には人間の部隊を行かせ、そうでなければあんたに頑張ってもらうという事になる。

 そうなると事前に、あんたがアンドロイドだっていう事を、少なくとも作戦に関わるメンバーには話しておく必要があると思うんだ」


「!!」


「悪く思わんでくれ。そうしないと、作戦の理解に支障が生じかねない。

 今回の脱出は、ちょっとの遅れやミスが命取りになりかねない。

 そう言う意味でも作戦従事者間の情報の共有は必要だと思う」


【アリーナ。その方が作戦成功確率が上がると、本機も計算します】

「分かりました。隠し事をしたまま作戦が失敗するのはナンセンスですから」


 ◇◇◇

 

 翌日。


 3Aブランチを襲った敵が、こちら方面に移動しているとの情報が入った。

 アルマンは、包囲される前に打って出て、北西の6Cブランチに全員で移動・合流する事を決め、その脱出ルートを確保するための決死隊を編成した。

 決死隊には、もちろんJJもいる。

 女、子供、負傷者などの非戦闘員は、退路が確保されるまで、ここで待機する。


 アリーナがアルマンの横に並んで立ち、その対面に決死隊が並ぶ中、アルマンから作戦の内容が知らされ、続いてスフィーラがAIアンドロイドである事が発表された。


(JJ……)

 アルマンが説明している間、アリーナは目を閉じていたが、JJは今まで騙していた事を快く思っていないに違いない。そして目を開けて、目の前の兵士達を見た時、皆の恐れとも蔑みとも思えるような視線が、自分に集中しているような気がした。


 JJは……視線を合わせてくれない。

 アリーナは泣きたい気持ちを抑えながら、しっかりを上を向いた。


「それじゃ、作戦は以上だ! 

 お前達とスフィーラの連携に、みんなの命がかかっている。

 頼んだぞ!!」

「了解!!」そう言って決死隊の面々は、各自の準備に取り掛かった。


 するとダルトンが、アリーナの前にやって来て言った。

「熊殺し。頼りにしてるぜ。キャンセラーは俺達が命にかえてなんとかするから。

 そんで生きてまた会えたら、そん時は乳か尻位揉ませてくれよな」

 そう言いながらスフィーラの頭をポンポン叩き、ダルトンは去っていった、

「あっ……はい!」

 アリーナは、ダルトンが自分を人間として扱ってくれた事がうれしかった。


 それでJJは……ああ、まだ目をつぶったまま立ち尽くしている。

 私から声をかけるのは……そう思っていたら、JJが意を決したかのように目を見開いて、大股でアリーナの側に歩みよってきた。


「あっ……あの,JJ。本当に……ごめんなさい!!」

「……ちゃいねえから」

「えっ?」

「……俺、気にしちゃいねえから!

 AIだかアンドロイドだか知らねえが、俺に取っちゃスフィーラはスフィーラだ。俺は……スフィーラが好きだから……だから絶対守ってやる!!」


「あっ、JJ……」

 今まで我慢していた涙が、堰を切った様にあふれ出した。


「JJ。私も……あなたが好きです」

 どうしてこんな事を言ったのかよく分からないが、自分の素直な気持ちがそのまま外にこぼれだしたのだろうとアリーナは思った。

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