第23話 熊殺し

「なあ、おまえココアって言うんだ。兄弟とかいるのか?」

 JJがココアにいろいろ尋ねるのだが、彼女はそれに一切答えない。

 三人はブランチの洞窟から裏山を登って、まだ残雪の残る渓流沿いに出た。


「山菜。自分で探せる?」

 ココアが二人に尋ねる。しかしアリーナは当然知らないとして、JJもそれがどんなものかは知らなかった。

 ココアがあたりをキョロキョロと見渡し、沢近くに残った雪をどけると、そこに植物の芽の様な物が生えている。

「これがフキノトウ。この辺探せば結構あるはずだから……」


 こうしてアリーナとJJはフキノトウ探しをしたが、これがなかなか難しい。

(ねえモルツ。いっそスフィーラの機能で雪どかしたり出来ない?)

【非推奨。山菜も飛び散ります】


 しかしココアは、そんなアリーナやJJを尻目に、ひょいひょいとフキノトウを発見し、彼女の籠がみるみる埋まっていく。そして、タラノメとかワラビというものもいつの間にか集めていた。


「畜生。なんかコツがあるんだよな……もう少し、川上にいってみるか」

 そう言いながらJJが立ち上がった時、目の前の藪がカサカサと揺れた。


「えー何これ。かわいー」アリーナがそう言いながら、JJに近寄る。

「これ、子熊か? 何でこんな所に?」

 藪の中から黒い小さな生き物が現れ、二人とも珍しそうにそれを眺めている。


「子熊に近寄っちゃダメ!! 二人とも動かないで!!」

 後ろで、ココアの大声がした。


「はは、ココア。熊と言ったってこんな子熊なら……」

 JJがそう言いながらココアの方を振り向いて、驚愕した。

 ココアの後ろに……親熊が仁王立ちしている!


「危ねえ!」JJが瞬時に駆け寄りココアを抱きかかえると、そこへ間髪入れず、親熊が前足を振り下ろし、JJを直撃した様に見えた。


「JJ!」アリーナが横っ飛びで、倒れているJJと親熊の間に割って入る。


「JJ。大丈夫!?」

 だがJJを見ると、左耳から肩にかけて、大きく引っ掻かれ、かなり出血している様だ。


(くそっ! どうすれば……でも、親熊殺しちゃったら、あの子熊は……)

【熊から目線をそらさないで下さい。あなたが強い事が分かれば熊は退散します】


 すこしの間、アリーナと親熊のにらめっこが続いたが、スフィーラの眼光が只者ではないと悟ったのか、親熊は踵を返し、子熊を伴って藪に消えていった。


「はー。よかった……じゃない! JJ!!」

「ああ、大丈夫だ、スフィーラ。痛てえけど、致命傷じゃねえ」

 ココアがそばの川で持っていたタオルを濡らし、懸命にJJの傷を拭いている。

「二人ともごめんなさい。私が先に熊の事を注意しておくべきだった。

 冬眠明けの親熊は、普段より神経質で狂暴なの……」

 ココアは自分の責任だと感じているのか、心無し震えている様にも見えた。


「とにかく直ぐにブランチに戻りましょう。JJ、歩ける?」

「ああ。大丈夫だ」

 こうして三人は、急いで山を下りた。


 ◇◇◇


 ブランチに戻り、JJを医師に診せたが思いのほか重傷で、左耳の耳たぶのところが欠けてしまっていた。アルマンとコールネンが心配そうな顔でJJを見るが、当の本人は、こんなのは男の勲章だと強がっている。


「まあ、ともあれ熊の直撃を受けて、この程度で済んだのは、ある意味ラッキーだったな。それにしても、スフィーラ。お前、ガン飛ばして熊追い払ったんだって? 

 人間臭いというか……そんな事まで出来るのな、お前」

 そう言いながら、アルマンが笑う。

 まあ、私が普通のAIアンドロイドだったら、間違いなく母熊は死んでいただろうな。


 JJの治療中、ココアもずっと心配そうにずっとJJの側にいた。

 そしてその次の日の夕食から、ココアはJJの隣に座って食べる様になった。

 払った代償はちょっと大きかったが、JJはココアの信頼を勝ち得た様だ。


 そして数日後、ブランチ内でアリーナは『熊殺し』と呼ばれる様になった。

「私……別に殺してないのに……」アリーナがぼやくが「まあ、こんなところじゃ、噂に尾ひれが付いちゃうのよ。でもこれで、変にあんたに言い寄ってくる奴も減るんじゃないかい?」とコールネンに微妙な励まされ方をした。


 ◇◇◇


「それで、それ確かなんだな?」

 ブランチの指揮官室で、アルマンが厳しい顔をしている。


「はい。今までになく大規模な動員で、約二万の兵員が集められているとの事です」

 隣のブランチと情報交換をしてきた伝令の兵がそう言った。


「そんな数で取り囲まれたりしたら、かなり分が悪いな。

 奴らの動向には十分注意を払う様、他のブランチにもよく言っておけ!」


 くそ、どういう事だ?

 もしかしたらスフィーラが厄病神か? 

 エルフは奴を追ってきたのか?

 

 いやいや、そんな風に考えちゃ指揮官失格だな。

 あいつの存在如何に関わらず、こうなる可能性は今までもあったんだ。

 それよりも、あいつと協力して、この事態を打開する手段を講じないと。

 それに囲まれる前に、逃げる先も考えないとな。


 アルマンはそんな事を考えながら、深呼吸をした。

 





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