第10話 普通の服が欲しい!
「それで。もう年が明けてひと月になるが、例のアンドロイドの消息はまだつかめないのか?」エルフの軍司令官は、いらだちを隠せない。
第七小隊を全滅させられて、直ぐに広域の捜索を開始したが、その網にはかからなかった。すぐにドローンを街の近くまで飛ばしたし、山の反対側の尾根も捜索したのに……。
案の定、部下を失った事で、女王様のご不興を買ったと上司に言われたが、幸い減給だけで済んだ。
それにしてもどこに行ったんだ。もうバッテリーが切れて動けないのか?
アリーナがこの捜索網に引っかからなかったのには訳がある。
通常のアンドロイド歩兵なら、ラボからモンデルマまで一時間かからずに移動出来るのだが、彼女の歩みは、エルフ達の想像を超えて遅かったのだ。
アリーナは乗物酔いもあって、岩陰などで休みながら八時間以上かけた。
それが幸運にもドローンの捜索パターンをすり抜けたのだ。
アンドロイド兵士が寄り道するなど、その時のエルフは誰も思わなかったのだ。
◇◇◇
アリーナがスラムで読み書きの講習をはじめて一ヵ月。
ようやく婆から御給金を貰えた。
これで、念願の普通の服が買える……。
だが、スラムはもちろん、第三区画を見渡しても、気に入った服がなかった。
アリーナは相変わらずJJのテントに居候しており、JJにその事を相談した。
「そんな、おしゃれな服じゃなくていいじゃん。俺はそのボンテージが好きだぞ。
エロくて……カッコいいし……」そう言いながらJJはちょっと頬を赤らめる。
「もう。あなたに分かってもらわなくって結構よ。ねえ、まひるちゃん!」
「私もかわいい服ほしいな」
「ほら、まひるちゃんもそう言ってるしさ。家賃替わりといっちゃなんだけど、予算が見合うなら、私がまひるちゃんにも服買ってあげるから、ちゃんと考えてよ」
「えー。そうだな……第二区画ならそれなりのお店もあるとは思うけど、人間だけであっちで買い物出来ないしな」
「誰か、あっちの区画の知り合いとか一緒ならばいいの?」
「ああそうだよ」
「それじゃーさー」
そうして、アリーナはメランタリと連絡を取った。
◇◇◇
「ヤッホー、スフィーラ。ひっさしぶりー。元気そうだね。
そんで、娼婦じゃなくて先生やってんだって? 大したもんだわ。
やっぱ、どっかのお姫様とか?」
「いやいや……絶対、違うから!! それに娼婦適性ないし!!」
【アリーナ。否定しすぎで、かえって怪しいですよ】
「きったない男の子が手紙持って来たとき、ビックリしたよ。
それで、この子がまひるちゃん? 彼は来てないの?」
「ああ、女の買い物には付き合わないんだって。あいつ思春期だから……」
「あはは。じゃあ、まひるちゃん。
この子は私の妹、コイマリだよ。仲良くしてね」
「コイマリお姉ちゃん……よろしく……お願いシマス……」
「いやーん。可愛いーー!」
こうしてアリーナはまひるを連れ、メランタリ姉妹と共に、第二区画でもそれなりに有名なブティックに向かった。
「いやー。思ってた以上に高級なブティックね。結構いい値段するわー。
でも、念願の普段着だから、多少は贅沢を……」
そうは言ったものの、まひるが気にいったワンピを合わせると、ちょっと予算が足りない。食費も光熱費もいらない身ではあるが、やっぱり足りない……。
仕方が無いので、自分の服を、気に入ったグレードからワンランク下げた。
メランタリは自分の服というより、コイマリの服を熱心に品定めしている。
もうすぐコイマリの誕生日らしく、日ごろの感謝も込めて、へそくりを崩したと言っていた。
そして……いやこれ、コイマリちゃんってお姫様だったっけ?
もともとの顔立ちや体形自体が美人さんなのに、おしゃれなドレスをまとったら、本物のお姫様の様に見える。
これでは存命時のアリーナなど、足元にも及ばないだろう。
いやいや、私は闘病中だったし……。
「コイマリちゃん。すごいね!」
「うん。姉の自分が言うのもなんだけど……こりゃたまげたわ。
店員さん、これ下さい!! えっと……分割払い出来ますか?」
ああ、へそくりでも足りなかったのね。でも、いい買い物だと思うわ。
「お姉ちゃん! 私、これ着て帰っていい?」
コイマリが大はしゃぎしていたので、まひるも買った服を着て帰ると言い出した。せっかくなので、アリーナも買った服に着替えて、みんなで店を出た。
ああ、ようやくボンテージから解放された。予定より地味にはなっちゃったけど、まひるちゃんもうれしそうだし、よかったよね。
心なしか、道ですれ違う人達も羨望のまなざしを向けているような感じが……ああ、コイマリちゃんか。完全に衆目を独り占めしてるわね……。
「ねえ、スフィーラ。せっかくだから今夜はうちに泊まらない?
まひるちゃんもいっしょにさ。せっかくコイマリとお友達になったんだし」
「どうする、まひるちゃん?」アリーナは、まひるに問いかける。
「うんとね。私、この服を早くお兄ちゃんに見せたいの。
多分、顔真っ赤になっちゃうよ」
「はは、そうかもね。まひるちゃんはお兄ちゃんが好きなんだねー」
「うん! 大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるの!!」
「メランタリ。そう言う訳で今日はゴメン!」
「仕方ないなー。スフィーラ、今度いつ会える?」
「いやー。第二区画は敷居が高くて……今度はいつ来られるか……」
「でも、私もスラムを訪ねるのは嫌よ」
「えっとね。第三区画の市場に、ニドルって言う便利屋さんみたいな人がいてね。
その人に声かけてもらえれば、取り次いでくれるはず。タダじゃないけど……」
「そっか。市場ならたまに行くし……そしたら、そのうち市場で会いましょ!」
「うん!」
◇◇◇
「おや。あれは……いやはやなんと可愛らしい。獣人であんなに可愛い方は滅多にいないでしょう。それに側にいる幼女……あれは人間ですね。これもまたなんとも可愛らしい。あとの大きい方二人は、どうでもいいですけどね」
「いかがいたしましょう。あの者たちの名を聞いて参りましょうか?」
「いやいや。道端の花を見て、すぐ摘んでしまうのは無作法でしょう。
今少し、愛でていましょう」
そして少し離れた所から、車が動きだした事に、アリーナは気を留めなかった。
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