第11話 こんなの人さらいでしょ!

「おーい、お前達。そろそろ休憩にしてお茶でもしないかい?」

 そう言いながら、マイタリ婆さんがお茶の支度をしている。


 アリーナは昼過ぎから、スラムの娼婦のお姉さんたちに掛け算を教えていた。

 彼女達は、午後アリーナに勉強を教えてもらい、夜になってからそれぞれの職場に向かうのが常になっていて、アリーナも、かなりの娼婦のお姉さんたちと顔見知りになっていた。

 

「でもさー。スフィーラちゃんって、本当にバージンなの? 

 その身体で勿体ないわよね。かなり稼げると思うけど……」

「違うって……スフィーラは、こんな見た目だけど、実は某国のお姫様なんだって。そうじゃなきゃ、今時こんなに学のある人間の女がいる訳ないじゃん!」

「そういう事にしておこうかね」


 まあ、娼婦のお姉さん達が集まって茶飲み話をする時は、いつもこんな感じでアリーナがいじられているが、悪い気はしない。

 大勢と与太話なんて生前は出来なかったし……。


【警告! 銃器兵装センサーに感あり。敵数、二】

 いきなりモルツが警告を発した。


(えっ? 一体何事?)

 アリーナが立ち上がって周りを見渡すが、怪しいものは特に……。

 いや。男が数人、こちらに近寄ってくるのが見えた。


「マイタリ婆さん。ここだったか。探したよ」

 マイタリに声をかけたのは、いつも市場にいる便利屋のニドルだった。

「なんじゃい、ニドルかい。何の用じゃ。

 まだ日も高いのに……客でも連れて来てくれたんかい?」

「ああ。客は客でも上客さ。領主様の御使いだよ」

「!!」


 アリーナには、マイタリ婆さんの表情が一瞬で強張った様に見えた。


【アリーナ。あの後ろの二人が銃を所持しています】

(そう。でも、もう少し様子を見ましょう。ただの護衛っぽいし……)


「領主様って……」婆さんが口ごもる。

「ああ。領主様のサロン『野辺の花クラブ』の会員募集だとさ」

「あ……あ……それで、どの娘が所望なんだい……」


 ニドルの後ろに立っていた、きちんとした身なりのエルフの紳士が、周りにいたアリーナや娼婦達をグルリと見まわして言った。


「ここにはいない。この娘なのだが……」

 そう言って紳士は大きく引き伸ばした写真を周りの者に見せた。


(えっ!? まひるちゃん?)

 アリーナは驚いて、そばに立っていた仲良しの娼婦に小声で尋ねた。

「ねえ、これ何なの?」

「何って……領主様の美少女狩りだよ。ここ半年ばかりなかったんだけど……」


(美少女狩りって……そう言えば、メランタリも以前そんな事を。

 ……でも、この写真)


「この娘をここに連れて来て下さい。ちゃんと契約金はお支払い致しますから」

 マイタリ婆さんは観念した様にうなだれ、そばにいた娼婦に何かを告げ、やがてその娼婦が、JJのテントで留守番をしていたまひるを連れて来た。


「まひるちゃん!」

 アリーナが前に出ようとするのを、周りの娼婦達が身体を掴んで引きとどめた。

「だめだよスフィーラ。逆らったら皆殺しになっちゃう……」

「そんな!」

 

 そうだ! JJ。JJに早く知らせなくっちゃ。でも、あいつ。今何処に?


「顔役殿。それではこれが契約金という事で、身内に渡しておいてくれたまえ。

 それでは、皆さん。引き揚げますよ」

 エルフの紳士はそう言って踵を返し、元来た方に向かって歩きだした。

 まひるは、屈強な獣人に抱えられたまま運ばれていく。


「やめてー。お家に返して! お兄ちゃんを呼んでー」

 まひるの絶叫がスラムに響き渡るが、誰も動こうとはしない。


(モルツ! まひるを助けるわよ!)

【推奨しません! ここであなたが動けば、まひるは助かるでしょうが、このスラムが後でどうなるか……あなたは責任を取れますか? 

 それにあなたの正体をリークするリスクも発生します】


(私の事なんてどうでもいいわよ! でも……そうか。

 ここで乱闘になって、警察とか軍隊まで来ちゃったら……)

【今後の対策を、JJも交えて、別途検討する事を推奨】


 ◇◇◇


「こん畜生!! お前ら揃いも揃って、大馬鹿野郎だ!!」

 夕方になって、第二区画にシノギに行っていたJJが帰ってきて、事の次第をマイタリ婆から聞かされ、烈火のごとく怒っている。


「落ち着いてJJ。ごめん。私も何も出来なかった……それで、どうすればいいか、あなたが戻ってから相談しようと……」

「ふざけんな、スフィーラ! 

 領主に引っ張られて第一区画に入った時点で、もう二度と会えないんだぞ!

 今更、俺達に何が出来るってんだ……」


「……それと……もう一つごめん」

「なんだよ……まだ何かあるのかよ……」


「あの……まひるちゃんを連れに来たエルフが持ってた写真。

 あれ多分、私達が第二区画に服を買いに行った時、撮られたんだと思うの」


「!!」

「まさか、写真撮られていたなんて……私も、久しぶりに友達に会って浮かれすぎていて……気づかなくてゴメン!」


 JJは、怒りのぶつけどころがなく、ドンっと脇の壁を殴った。


「なあJJ。これは考え様じゃ。

 むしろこの方がまひるにとっては幸せなのかもしれん。

 明日のおまんまも……いや命さえ保証されていないこんな所じゃなく、領主様の御屋敷で贅沢な衣食住が保証されるんじゃ。

 それに奉公の年季は二十年とされておる。

 戻ってきたとき、お前が嫁に貰ってやれ……」


「ふざけんなクソババア。いくら贅沢出来るって言っても、どんな扱いされるか分かったもんじゃねえ! それに年季明けて帰って来た奴いるのかよ!?」

「いや……領主様がこの制度を定めてからまだ十年かそこらだ。

 戻って来たものはまだおらん。だが……ひどい扱いとは限らん……」


「だから……何にも分かんねえ癖に偉そうに言うな!

 どうせババアだって、まひるがロクな目にあわない事ぐらい、想像ついてんだろ!? まっとうな領主があんな幼い子を無理やり引っ張っていくかよ……。

 ……おい、ばばあ。この金、全部俺が貰っていいか?」

 JJは、そう言いながら、エルフが契約金だと言って置いて行った袋を手にした。


「JJ。お前どうする気だい?」

「ババアには関係ねえ。

 ああ、そうだな……このスラム全部、もう俺には関係ねえ!」

 JJはそう言って金を持ってその場を立ち去った。


「ああ……あの子。無茶をせんといいのだが……」

「私、JJに付いてますね」


 アリーナはそう言って、JJの後を追った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る