第8話 ヤバイお金
アリーナは、メランタリに教えてもらった通りのルートで第三区画に入った。
物価などは第三区画の方が安いものが多く、メランタリも結構買い物等で訪れるらしいのだが、うっかり変な所に迷い込むと大変との事で、おおざっぱではあるが地図を描いてくれた。
とはいったものの……お金は無いし、行く当てが決まっている訳でもない。
はてさて、これからどうしたものか……。
モルツが街の情報を収集したいと言うので、メランタリの地図に記載されている道を外さない様、気をつけながら、街中を散策した。
【このあたりは、二十年前と町の構造があまり変わりませんね】
「そうでしょうね。
どう見ても、焼け跡にバラックが立ってる様にしか見えないわ」
戦後二十年以上経っているのに、人間の居住地は焼け跡のままか……。
アリーナは、これが今の自国民の現状なのだと思って途端に悲しくなってきた。
やがて市場に出たので、試しに働く事が出来ないか何軒か聞いて回ったが、どこも人手は足りており、そんな器量なら街娼に立ったほうが絶対に稼げると全員に言われた。やっぱり、この衣装の第一印象が強すぎるんじゃない?
ちょっと面倒くさくなってきて、ぼーっと立っていたら、いきなり後ろから人がぶつかってきた。
「きゃっ!」
「あーっと。すまねえな」
少年の様だったが、そう言ってアリーナが肩から掛けていたトートバッグをひったくって、直ぐに走り去っていってしまった。
【アリーナ。ひったくりではないですか?】
「えっ? ああ、そうだね……ちょっとぼーっとしてた。
でも取られて困る物、何にも入ってないよ。
バッグそのものはちょっと惜しいけど、あの下着もサイズぶかぶかだったし……いいんじゃない?」
【そうですか。それでは追跡は
あんなものでも、少しは人の役に立てばいいな。
アリーナはちょっとそう思った。
◇◇◇
もうとっくに日が暮れて、雪が降って来た。
しかし、今日の寝床は今だ決まらない。
いくら寒さは平気だと言っても、年頃の女の子が雪の中で野宿とか、人として終わっている様な気がしてならない。まあ、お腹が空かないのがせめてもの救いか。
市場の近くに、焼け落ちた廃墟のままの建屋があったので、その壁に寄りかかって空を眺めていたら、人が近づいて来る気配がした。
【アリーナ、警戒を。武装しているようです。敵数、三】
「えっ? 何?」
「あっ、こんな所に居やがった。このバイタがっ!」
何よ、いきなりバイタ呼ばわり!?
見ると昼間、アリーナのトートバッグをひったくった少年と思われる人物が、手に鉄パイプを持って立っている。そしてその後ろに、その少年と同い年位と思われる少年二人が、やはり鉄パイプを持って控えていた。
「ちょっと、何なのよ、あなた。バッグを返しに来た訳じゃなさそうだけれど」
「ぐちゃぐちゃ言うな。すぐ一緒に来い! でないとひどい目に合わせるぞ!」
「……ちゃんと理由を説明しなさいよ。でないと……」
「うるせー。いいから来い!!」
そう言って、少年は鉄パイプをアリーナに向けて振り下ろしたが……。
ああ、これは威嚇ね。どうやら害意はなさそう。
そう見切って、アリーナはひょいと身を躱し、少年の後ろに回って足先を引っ掛けたところ、少年は勢いがついたまま、前のめりに転がり、廃屋の壁にしたたかに額を打ち付けた。
「ちょっと。大丈夫?」
「……くそっ。痛てえ……」
「あーあー、たんこぶ出来てるわよ。あなたじゃ私にはかなわないから……ちゃんと説明してくれないかな?」
「クソバイタ! お前が王国紙幣なんか隠し持ってるから……妹が……」
「えっ?」
◇◇◇
少年は、仲間から
スラムの孤児で、日ごろからスリや窃盗で暮らしている様だ。
それで今日、アリーナからひったくった戦利品を、JJの妹が故買屋に持ち込んだらしいのだが、そこから旧王国紙幣が出て来たため故買屋が警察に密告して、妹さんが捕まってしまったらしいのだ。
ひゃー。あのお金使わなくてよかったわ。そんなにヤバいシロモノだったんだ。
それでJJは、真犯人がアリーナであると警察に突き出すつもりで、身柄を抑えに来たとの事だった。
うっひゃー。そんなのどうすればいいの?
【もともと、ひったくったのはこの少年です。捨て置いてよいのではないですか】
「でも、この子たちだって好きで泥棒してるわけじゃないと思うし、世が世なら我が国の臣民だし……何とかしてあげられないかな?」
【……計算中……それでは、アリーナ。あなた一芝居打てますか?】
アリーナは、しばしモルツと打ち合わせをした。
「ねえJJ。なんで王国紙幣はだめなの?」
「何でって。あんなの持ってるやつは王国派だろ?
エルフからすれば敵だし、俺達捨てられた人間からしても裏切り者じゃないか!
王国派は、捕らえただけで大層な報償がエルフから貰えるんだよ!」
あーあー。嫌われたものだわ。でも……。
「それじゃJJ。私がいっしょに警察に行ってあげる。
それで妹さんが釈放されたら、さっさと逃げなさい。
私は自力でなんとかするから」
「えっ? いいのかよ」
「何言ってんのよ。さっきは力づくで連れて行こうとしてたくせに」
「ああ……ありがとうな。あんた……いいバイタだな」
「ええい! バイタじゃないって!!」
◇◇◇
JJと警察に行き……とはいえスラムの片隅にある小さな派出所だ。
スフィーラの能力なら瞬時にせん滅出来るだろうが、それはそれで最後の手段。
獣人の巡査は、JJとも面識がある様だ。
「まったく。お前らはいつも手を焼かせやがって。
それで、あの紙幣の持ち主が、このボンテージ女だってか?」
「そうだよ。おれがこの姉ちゃんから預かってたのを、まひるが間違って故買屋に出しちゃったんだ……」
「まあ、おまえらが王国派のワケないのは分かってたけどな。
もういいから妹は連れてけ。
で、あんたは名前なんていうの?」
「私はスフィーラ。それにしても、あっさりあの子たちを返したわね」
「まあ、ここではみんなワケ有りだからな。あいつらも生きるので必死なのは俺も分かってるんだよ。それで、この紙幣はどこで手に入れたの?」
「私もワケ有りで、あんまりしゃべりたくはないんだけど……
私、よその町から夜逃げしてきたの。そんでその紙幣は、途中で客取ったときに貰ったんだけど、何なのかよくわからなくて、外国のお金かなとは思ってたんだけど……まさか王国紙幣だったなんて。私は絶対、王国派じゃないから!!」
「あー、やっぱりそんなところか。そうだよな。王国派のやつが、これをこんなに無造作にひったくられる様な扱いする訳ないもんな。もう行っていいよ」
そう言いながら、巡査はその紙幣を灰皿で燃やした。
「えっ? いいの?」
「ああ、どうせ人間の流しの娼婦なんて、戸籍もロクにありゃしないんだろ?
先方に身元照会するだけ面倒だ。こう見えても俺は忙しいんだよ。
まあ、あいつらにもちょっとはお仕置きが効いたと思うしな」
「へー。あなた、結構いいお巡りさんなのね」
「よせよ、くすぐったい。おれは女は買わないからな」
こうしてアリーナは、何の咎めも受けずに派出所を出た。
「いやー。なんか話の分かるお巡りさんでよかったね」
【そうですね。スラムにはスラムのルールがあるのでしょう】
「あれ? 待っててくれたんだ!」
派出所からちょっと離れた角の所に、JJが立っていた。
「ああ。姉ちゃん、大丈夫だったか?」
JJは、まだ幼い妹の手を握りながら、アリーナに微笑んだ。
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