第6話 娼婦じゃないから!
モルツの話だと昼前には町に着く予定だったのだが、山脈麓の古都モンデルマにアリーナが到着した時、陽はすでに大きく西に傾いていた。
自分の足で歩いたのが久しぶりだった事もあるのだが、途中、乗物酔いみたいな感じになってしまい、都度休憩を入れなければならなかったのが大きい。
「ああ、もっと早く着くはずだったのに。
これじゃすぐ夜になっちゃうね。
今夜はどうしましょう。お食事はともかく、お布団で寝たいものだわ。
それに、身体もすごく汚れていると思うし、お風呂にも入りたい」
【本機は特殊コーティングが施され、生物の様に代謝をしていないので、表面だけ軽く水洗いすれば問題ありません】
「もう……気分の問題なの!
それでモルツ。宿に泊まりたいのだけれど、お金はこれで足りそう?
どこかいいホテル知ってる?」
そう言いながらアリーナは、ロッカールームで入手した紙幣をモルツに確認させた。
【本機のこの町に関するデータは二十年前から更新されていません。
候補の宿所が現時点で存在しているか不明。
またその紙幣も旧王国のものですので、現在は通用しないでしょう】
「えーっ。せっかく拝借してきたのに使えないのかー。
でもどうするのよ。このまま野宿?」
【本機は雨や雪でも行動に支障はありません】
「だからー。そういう事じゃなくてね……」
あてもないまま、町の中央部を目指してフラフラ歩いていたら、大きな噴水のある広場に出た。すでに陽は落ちて、街灯がともり出しており、噴水が綺麗にライトアップされている。
「あー。あれで行水しようかしら……。
なんかまだ血生臭い気がするし……。
でも、こんなに人目があったらだめだよね」
周りには、行き来する通行人や、ライトアップされた噴水を眺めているカップルが結構いるが、ほとんどが獣人で、何か物珍しそう……というか怪訝そうな眼でアリーナを見て見ない振りをしている様に思える。
人間が珍しい? いや、数こそ少ないものの、人間もたまに通るし……
あー。もしかして、この衣装のせいで悪目立ちしている!?
「モルツ! なんかあんまり人目につくのまずくない?」
【今のところ敵性反応はありません。
レーダー波・銃器兵装センサーもクリア】
「いや、そうじゃなくて……」
「おい、姉ちゃん!」
いきなり後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、中年の犬型獣人の様だが、酒臭くかなり酔っぱらっている様にも見える。
「あんた。こんなところで商売しちゃいけんよ。
さっさと第三区画に戻らないと、お巡りに捕まるぞー。
でも……なかなかいい体してるじゃないか。いくらだ?」
「あ、あの……いくらかと言われましても、何の事やら。
それに第三区画って何ですか?」
「何言ってんだ。あんた娼婦だろ? あんまりここに長居しちゃ、ほんとにお巡りさんが来ちゃうからさ。俺とあっちのホテルに行こうや」
「娼婦!? あああ、あなたね。
王国の王女をつかまえて、よりにもよって娼婦と……」
【アリーナ。身分を明かしてはいけません!】
「あっ! そうだった……あ、あのねおじさん。私は娼婦じゃないのよ!
ここの噴水が綺麗で見とれていただけで……」
「何言ってんだい、そんなエロエロ衣装で……取り繕わなくていいって。
第三区画の取締りが厳しくなって、食うに困ってこっちに流れて来たんだろ?
安心しろよ。俺は優しいから……」
「違うのー。たまたま服がこれしかなくてー」
「あなた!」
また、後ろから大きな声がした。見ると、今度は中年の犬型獣人女性だ。
「ありゃ!? お前、先に帰ったんじゃ?」
「忘れ物を取りにお店に戻ったのよ。
そうしたら、あなたの下品な声が聞こえたの!」
「あ、いや。この人間の娘が、第二区画に紛れ込んで商売しようとしていたので、注意してだな……」
「まったく。そんなのに構わないで……帰りますよ!」
そして、酔っぱらった獣人のおじさんは、奥さんと思われる人に引っ張られて行ってしまった。
「もう。やっぱりエッチな人に間違われるじゃない!
この衣装もうやだ……。
でも、第二とか第三って何かな?
第三ならこの格好でもいいのかな?」
【データがありません】
「ねえあんた。本当に娼婦じゃないの?」
また後ろから声をかけられて振り向くと、今度は猫耳の綺麗な獣人少女が立っていた。
「ああ、ごめんなさい。酔っ払いに絡まれてたみたいだったんで、手を貸そうかと思ったんだけど、なんかやり取り聞いてたら面白くなっちゃって、つい見物しちゃった。ごめんね!」
「えっ? ええ。あ、あなたは?」
「私は、メランタリ。そこのお店で店員していて、仕事の帰りなの。
あんた、衣装は娼婦っぽいけど、しゃべり方や身のこなしは結構上流階級っぽいわよね。何でこんな所にいるの?
酔っ払いならまだいいけど、そのうち警察来るわよ」
「えっと。それは……私はどこに行けばいいのか。
……って、第三区画って何ですか?」
「えっ? あんたそんな事も知らないの? 流れ者?」
「いえ、そう言う訳では……」
【進言。ここは彼女が納得する様、適度にごましつつ現状説明する事を推奨】
「あ、はい……ちょっと他の所で粗相をして居られなくなって、さっきこの町に着いたんですけど、今日寝る所もない状況でして……ぼーっと噴水を眺めていたと言うか……」
「やっぱりねー。人間は、食い詰めて逃げるヤツ、結構多いからね。
それで、服もそれしか持ってないんでしょ? あんた名前は?」
「アリ……いやスフィーラです。十七歳」
「スフィーラか……よし、スフィーラ。とりあえず今夜はうちに来なよ。
多分、ここでこのまま立ち話しているの、結構まずいと思うし」
「でも私、お金とかも……」
「そんなのいいって。でも一晩だけよ。
うちも苦しいからそれ以上は無理!
でもあなた美人さんだし、お友達にはなりましょうよ」
「あ、うん。ありがとう……」
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