第5話 初めての戦闘

 夜が明けかかって、空が白んで来た様に思えるが、アリーナはうつらうつらと半眼状態だ。


【警報! 未確認接近者あり。

 敵味方識別装置IFFが使えないため、敵味方識別不能。

 警戒体勢を取って下さい】


 突然、頭の中でモルツが警報を出し、アリーナはびっくりして目を覚ました。

「ふわっ! この子、機械なのに眠れるんだ……いや、寝てたのは私か。

 それで、何?」


【壁の向こうに赤外線反応あり。歩兵と思われます。敵数、五】

「それって多分、さっきミサイル撃ってきた奴らだよね?」

【おそらく】


「逃げよう!」

【あわてて動くのはお勧めしません。先にオートモードの許可を下さい】

「オートモード?」


【敵の攻撃に合わせて、本機が自動的に回避・反撃を行います。人格部分の負担が減りますので、戦闘に不慣れなアリーナにお勧めします】

「そうなんだ……それじゃお願い。そのオートモードよろしく」

【了解しました】


 ◇◇◇


「小隊長、気を付けて下さい。先ほどDCモータノイズをキャッチしたのは、このあたりです。どこかに潜んでいるかも知れません」

「うむ。だがまずは存在確認せんとな。さっきの落雷で、兵装チャージユニットがアンドロイドを吐きだしたのなら是非鹵獲したい。今や完品は激レアだからな。

 司令官室の飾りにすれば、中将もお喜びになるだろう。

 キャンセラーの準備を怠るなよ」

「はい。すでに後方で待機させています」


 アリーナはその連中を、少し離れたところからズームモードで視認した。


「ねえ、あれって……人間じゃないよね?」

【獣人ですね。エルフはいない様です。それではオートモードを始動します】

 モルツがそう言ったとたん、アリーナは手足の感覚を喪失した。


 スフィーラのボディがものすごいスピードで森の奥に移動していくが、アリーナ自身は何もしておらず、まるで車か何かに乗っている感覚だ。


「敵襲! 小隊長、後方が狙われたようです!!」

「くそっ、至急後退! キャンセラー起動!!」

「間に合いません!!」


 その時、アリーナははっきり見た。


 軍用ストレージの後方の森の中に、小型の機械を手にした犬のような顔の獣人兵士が立っていて、そこにものすごい勢いでスフィーラが近寄ったかと思うと、近づきざまにその兵士の両腕が、持っていた機械とともに吹っ飛んだ。


「うぎゃぁああーーーー!」

 そしてその悲鳴がおわらないうちに、今度は、その兵士の首にスフィーラのキックが叩き込まれ、ボキッっと首が折れる嫌な音がした。


「えっ? えっ? ちょっとモルツ! 何してんのよ!?」

 だがモルツから返答はない。


「急げ! あっちだ!!」

 前に出ていた兵士達が戻って来た様だ。


 次の瞬間、スフィーラのボディは大きくジャンプし、向かってきた兵士の頭の上を越えて、後方に着地した。


「なに!? 少女だと?」

 スフィーラを見た獣人兵士達が一瞬ひるみ、その間隙をついて一気に間合いを詰める。そして、四人の兵士を続けざまに蹴り倒した。


「モルツ! やめて! お願い、もうやめてーーーー!」

 アリーナは脳内で叫ぶが、その声はやはりモルツには届いていない様だ。

 スフィーラは倒れた兵士から銃を奪い、四人全員にとどめを刺した。


【制圧完了。オートモード解除。

 お待たせしましたアリーナ。敵はせん滅しました】


「ちょっと何やってるのよ、あなたは!? これじゃ殺人じゃないの……

 オートモードって……こういう事なの……」


【殺人ではありません。これは戦闘です。殺らなければこちらが殺られます。

 敵はキャンセラーを準備していました。

 先手を打たなければ我々に勝機はありませんでした】


「キャンセラー……って何なのよ……」

【アンドロイドのデータ伝達系を不導体化する電磁波の一種を照射します。

 この直撃を浴びるとアンドロイドは運動を停止します。

 本機も例外ではありません】


「でも……だからって……殺さなくても……」

【敵には極力本機の存在を気取られない様にしないとなりません。

 特に本機はセクサロイドですので、捕らえられた場合、破壊されるならまだしも、性奴隷とされかねません。アリーナがそれでもよいとお望みであれば、これから敵に投降する事も可能です】


 抗がん剤の副作用が可愛く思えるような不快感がアリーナを取り囲み、アリーナはその場で吐きそうになったが、胃には何も入っておらず、透明な水のようなものだけが吐き出された。


 アリーナはそのまましばらく、そこで膝を抱えて座り込んで考え込んでいたが、やがて立ち上がって言った。


「せっかくお父様が残して下さった人格ですから、私の存在には必ず意味があるはずです。それは絶対に、私を人のおもちゃにするためではなかったでしょう。

 ですので、私は今から、その意味を探す事にします。

 ですがモルツ。今後、戦闘は極力避けて下さい。オートモードも禁止します」


【お言葉ですがアリーナ。

 今のあなたのスキルでは会敵時、満足に敵と戦えないでしょう。

 戦闘に慣れるまでは、オートモードに任せるのが妥当です】


「ふざけないで! 何も手を出せずに、目の前でただ人が死んでいくのを見るのは、もうまっぴらです。

 万一戦いが避けられないとしても、私は自分の意思と手で戦いたい……」

【了解しました】


「それじゃ、人里に向かいましょう。もっといろいろな情報を集めないと……」

 こうしてアリーナは、山のふもとの方を目指して歩きだした。



 ◇◇◇


「えーい……何がどうなってんだ? 第七小隊はどうしたんだ?」


 落雷現場の偵察に向かった第七小隊が連絡を絶ち、後続の偵察部隊が現場に着いた時、彼らは無残な死体となって発見され、エルフ軍駐屯地は騒然となった。


「やはり戦闘用アンドロイドがリリースされたのでしょうか?

 だとしたら、キャンセラーも使えず、先手を打たれたのでしょう。

 至急、討伐隊を編成します」

「そうしてくれ。あと、山麓付近をドローンで探索したまえ。

 戦闘用がそのまま人里に向かう事は考えにくいが……。

 相手の映像記録は残っていないのか?」


「映像はありません。ただ、音声記録には『少女』と……」

「……どういう事だ。アンドロイドではないのか?」

「分かりません。レジスタンスの可能性も現時点で否定できません」

「そうか。では両方の線で捜索を進めてくれ」


 自室に戻ったエルフの司令官は、額に手をやりながら椅子に腰かけた。

 

 何、戦闘用アンドロイドといっても、たかが一体だ。

 取り囲んでキャンセラーを喰わせればこの件は終わりだ。

 だが……油断したな。

 犠牲が出た事で、自分の評価は下げられてしまうだろう。

 女王様は、人的な損耗を一番お嫌いになる。


 そう考えながら、司令官は脇のチェストからウイスキーの瓶を取り出した。


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