5-2 一花ちゃんの苦しんでる声、かわいいなぁ♪
「カランカラン、カランカラーン……♪」
気付くと、私は薬品の匂いが漂う場所で眠っていた。保健室だ。
「……ここは?」
「一花ちゃん、起きちゃった?」
見ると、仁美があのおもちゃのガラガラを手にして振っていた。
「仁美」
「仁美じゃなくて、ママでちゅよー♪」
「そ、それ、やめてよ、恥ずかしい……」
「もーう、ママって呼んでよ一花ちゃん♪ ほら、マーマ♪」
頭が熱くて判断力が落ちている。
どうしてだかわからないが、私は抵抗できない。
「ま、マーマ」
「あは♪ よく言えましたー♪ えらいえらい♪ 一花ちゃんいい子いい子でちゅよー♪」
そう言って、頭をなでなでされる。
でも私は反対にめまいがして、なぜか涙が出てきた。
私はバッと起き上がって仁美をはねのけた。
「やだ、もうヤだ! もうやめてよ!」
「あはは♪ 一花ちゃんの声、とってもかわいい♪」
仁美は楽しそうに笑う。
「もっと、もっと聞かせてよ。私の大好きな一花ちゃんの声。楽しそうな声、嬉しそうな声、私に甘える声、私に怒る声。全部全部全部私が独り占めするの♪ 一花ちゃんの声は何もかも全部私のもの♪ あは、あはははは♪ あはははははははははははは♪」
「お母さん! まだ帰ってこれないの? お願いだから早く帰ってきてよ!」
帰宅して私は一人きりになると、すぐにお母さんに通話した。
なかなか出なかったけど、よやくお母さんとつながって、私は必死に懇願した。
そんな私に、お母さんは困ったように返事をする。
「ごめんなさい、お父さんの仕事がね、今ちょっと大変なのよ。私もお父さんの秘書をしてるから、どうしてもね」
「お母さん、お願いだから私を一人にしないでよ」
「一花ったら、そんな小さな子供みたいなこと言わないの」
それこそ小さな子供をたしなめるようにお母さんは言う。
「一花だってわかってるでしょ。お父さんはね、人の命を助けるために毎日一生懸命なのよ。一花だってそんなお父さんを小さいころから尊敬してたじゃない。将来の夢を書いた作文でも、"お父さんのような立派なお医者様になりたい"って書いてたでしょう」
「でも、私……私……」
「大丈夫。一花には仁美ちゃんが一緒にいてくれるでしょ?」
「だから、私はそれがイヤなの! 帰ってこれないならせめて仁美に言ってよ! もう私のお家には来ないで欲しいって! ほら、仁美が家にいると私の勉強にだって差し支えちゃうし!」
「………………………………………どうして?」
え?
突然お母さんの声の雰囲気が変わった。
『どうして仁美を拒絶するの?』
『仁美は、こんなにも一花を愛してるに』
『勉強なんてどうでもいいじゃない。将来なんてどうでもいいじゃない。』
『仁美が一緒にいれば一花ちゃんは幸せ』
『もう将来の事とか夢だとか、そんなことを考えるのはやめようよ。』
『なにもかも忘れて、仁美と二人きりで遊ぼうよ』
『一花ちゃん、愛しテる』
『仁美は一花ちゃんの事、あいしテるよ?』
『一花ちゃん、大好き♪』
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
怒りの声を上げて、私は仁美にとびかかった。
そして渾身の力で仁美の首を絞める。
「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 死ね! アンタなんか死んじゃえばいいんだ!」
「ちょっと一花! なにやってるの!」
「放してよ! こいつは化け物なのよ! だからこの世にいちゃダメなの!」
「は、はあ!? 一花、あんた何メチャクチャ言ってるんだよ!?」
「うるさい!」
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
「一花、やめて! 首から手を放して! ほんとにヤバいよそれ!」
首を締めあげられている仁美の目は、なんの感情も映していない。
「あは♪」
だがやがて、口元がうっすらと弧を描くように開いた。
「あはははははははははははははははは♪」
そして突然、仁美は死んだ。
「仁美! 仁美! いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「きゅ、救急車、救急車を――!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
京子や七緒、他の生徒たちの驚きの視線が私一人に注がれる。
「はは♪」
死んだ仁美の遺体を見下ろして、私の口から音が漏れる。
「あはははははははははは♪」
私の喉の奥から、とても笑い声とは言えないようなひきつった音が出てくる。
「私も――」
私は私を拘束する生徒たちを振り払って教室から飛び出した。
「一花! 待ってよ!」
そのまま校舎からも飛び出て、グラウンドを抜けて校門を出て――。
車が通る車道に出た。
パパ――――ッ!
けたたましいクラクションの音が聞こえる。
私は迫ってくるトラックの真ん前にいた。
「一花ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私はトラックにはねられた。
全身がバラバラになるような衝撃
身体からおびただしい出血。
私の身体は路上に投げ出される。
まだかろうじて生きているらしい私は、浅い呼吸を繰り返す。
「コヒュー、コヒュー、コヒュー……」
「へぇ」
薄れゆく意識の中で、仁美が私の顔を覗き見てくる。
「一花ちゃん、そんな声も出るんだぁ♪」
仁美はニコっと笑った。
「カワイイ♪」
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