思い出その1 私の心は一花ちゃんでいっぱい(蓼原仁美・高校1年生)
私が一花ちゃんと仲良くなったのは高校一年生の4月。
私が家族の写真が入ったパスケースをうっかり落としちゃって、それを探していた時の事だった。
「ない、ない! どこ、どこに行ったの?」
私に残された、たった一枚の家族写真。
校舎裏の雑木林で、私は心当たりのある場所を一人でずっと探していた。
「ねぇ、蓼原さん?」
「――っ!?」
背後から声をかけられて振り返ると、そこにはクラスメイトの女の子がいた。
黒いつややかな髪の毛が風にたなびいていて、何て言うか、とてもきれい。
声も透き通った凛とした響きがあって、いかにもお嬢様という感じの女の子だ。
「どうしたの、そんなところで」
「あ、あの、えっと……」
私がどきまぎしていると、その子はニコっと笑った。
「あ、私? 私は東雲一花(しののめ いちか)」
「自己紹介したけどまだ覚えてないよね?」
「そ、そんなことないよ。東雲さんのこと、ちゃんと覚えてる……」
「そう。それでどうしたの?」
「あの、写真が……」
「写真?」
「私の家族の写真、落としちゃって」
「あ、そうなんだ。じゃあ私も探すね」
「え!? い、いいよ、そんなことまで」
「いいのいいの。二人で探した方が早いでしょ?」
一花ちゃんはにっこりと笑った。
「ね、二人で探しましょ」
「あ、ありがと……」
一花ちゃんは私と一緒に私の家族写真を探してくれた。
老朽化した教会のあたりを二人で探しているとき――、
「ねぇ、もしかしてこれ?」
そう言われて、ウサミミがついたピンクのパスケースを渡される。
小さい私とパパとママが写った家族写真。
まぎれもなく私のものだった。
「あ、うん。これ!」
「良かったわね、見つかって。でもどうしてこんなところに……。の教会、老朽化が酷くて先生から近寄らないようにって言われてるのに」
それを言われて少しドキッとする。
「あの、たぶん適当にうろうろしていたときに落としちゃったんだと思う。私、こういうしずかな場所が好きだから……」
私はイタズラがバレた子供みたいな感じに言い訳をしてしまった。
叱られちゃうかなと思ったけど、一花ちゃんはただ笑って流してくれた。
「そうなんだ。とにかく見つかってよかったね、蓼原さん」
「あ、ありがとうね、東雲さん」
「うん、どういたしまして。何か困ったことがあったら、いつでも私に相談してね」
そういって、一花ちゃんは優しく笑ってくれた。
それ以来、私は一花ちゃんの事が気になっていた。
東雲一花。
家柄がすごくて、なんでもお父さんが都内の医科大学でお医者さんをしているとか。
お兄ちゃんがいて、そのお兄ちゃんもお医者さんになるための勉強を大学でしているとか。
でもそんな家柄を鼻にかけることもなくて、勉強家だけど嫌味のないお嬢様らしい立ち振る舞いで、気さくで親切な女の子。
クラスの子で一花ちゃんの事が嫌いな子なんか誰もいなかった。
……あの日助けてくれたのは、ただ単にクラスメイトの私が困っていたからで、たぶん他意なんかないのだ。
でも私はあれ以来、一花ちゃんに心を惹かれつつあった。
ある時のこと。
「ねぇ、蓼原さんさぁ」
「え?」
月光のために廊下を歩いていたら、後ろから急に声をかけられた。
振り返ると、そこには綾瀬七緒(あやせ ななお)というクラスメイトと、そのお友達の睦月、ハルカが一緒にいた。
「アンタさぁ、どうして先生に言われた通り課題のプリントの回収をしなかったの? 昨日先生から頼まれたよねぇ? 先生怒ってたよ?」
「え? 私そんなの知らないよ?」
まったく心当たりのない話を急に振られて、私は首を傾げた。
しかし七緒は腕組みして、私にむかって怖い顔をしていた。
「嘘つかないでくれる? ハルカが先生からの伝言、ちゃーんとアンタに伝えたんだからさぁ」
「ね、ハルカ? 伝えたよね?」
「うん、私、ちゃんと仁美ちゃんに先生からの伝言したもん」
「ほらね? まさかアンタ、ハルカが嘘ついてるなんて言わないわよねぇ?」
「……………………」
ああまたか、と思った。
理由は知らないが、この七緒はなにかと私を困らせてくることを言ってくるのだ。
「蓼原さんさぁ、ふだんからぼんやりしてるから大事な話を忘れるんでしょ?」
「ていうかぁ、アンタって貧乏くさいよねぇ。使ってるスマホもなんかショボいし」
「この前の三者面談でも、親じゃなくておばあちゃんが来てたよねぇ?」
「もしかしてぇ、親がいないとかぁ?」
「キッショい髪の毛の色してるし、そんなんでよくこの学校入れたよねぇ」
「ねぇ、黙ってないでさぁ、なーんかいう事あるんじゃないの?」
「アンタがぼーっとしてたせいでハルカちゃんが先生に怒られたんですけどぉ?」
「え、えっと――」
「ちょっと、あなたたち」
「……一花」
七緒が小さく舌打ちした。
「七緒さん、どうして蓼原さんに嫌がらせするの?」
「そうやって蓼原さんを困らせたくて三人で嘘ついてるんでしょ?」
「よってたかって困らせたりするなんて」
「私、そういうの嫌い」
「………………………………」
七緒は黙ってしまい、一花ちゃんを睨んでいる。
すると、一花ちゃんが私の手をつかんできた。
「行こう、蓼原さん」
「あっ――」
一花ちゃんに手を握られた瞬間、もう私はいやがらせされたことなんか、すっかり頭から抜け落ちた。
一花ちゃんの手の柔らかさと、私を守ってくれる凛々しい声。
私の心は、一花ちゃんでいっぱいになっていた。
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