1-2 ほーら、一花ちゃーん。ママでちゅよー♪
死んだはずの仁美が生徒に挨拶しつつ教室に入ってくる。
「体調どうよ? 風邪もう治ったん?」
「うん、京子ちゃん、心配させちゃってごめんね」
仁美がこちらに近づいてきながら、クラスメイトと気さくに会話をしている。ごく自然に。
そして仁美と私の目が合うと、仁美はにこっと笑いかけてきた。
「一花ちゃん、おはよー」
「え? あ、そ、その……お、おはよう」
「一花ちゃんも風邪ひいちゃったんだよね? なんかお揃いだね♪」
「そ、そうなんだ」
「ねえ一花ちゃん、今日なんだけど――」
「はい、ホームルーム始めますよー」
チャイムが鳴り、話が中断された。
「……………………」
隣の席に座る仁美は、ごく普通に授業を受けている。
授業中、私は気が気じゃ無くなって、先生に分からないようにスマホを覗き見た。
そして「蓼原仁美」で検索するが――、
不思議なことに彼女の自殺のニュース記事が全て消えてしまっていた。
(どういうことなの、こんなのおかしいよ)
確かにあったはずの仁美の死。
私は目の前で仁美が帰らぬ人となったのを目の当たりにした。
だが久しぶりに学校に投稿した私の目の前には、何一つ変わらない仁美がそこにいた。
クラスメイトたちもごく平然と仁美と接している。
まったく理解ができなかった。
もしかして私、本当に何か変な病気だったりする?
自分が知ってる限り、統合失調症か、あるいは睡眠障害やナルコレプシーでも記憶が混乱することはあったはず。
確かにこの一週間ずっと悪夢ばかりで、ほとんどちゃんとした睡眠はとれていない。
それに今朝からどういうわけか、変な声が私の耳もとでささやいている気がする。
だけど、こんなことって――。
「ツンツン、ツンツン」
「――――ッ!」
ペンで仁美につつかれて、私は我に返る。
「ねぇ、そろそろ当てられそうだよ?」
「え? あ、そう」
「クスクス♪ 一花ちゃん、ぼーっとしてる♪」
仁美はクスクスと笑う。
「それでは次の問題を東雲さん」
「は、はい……えーっと」
本当にあてられた。
チャイムが鳴り授業が終わり、仁美や京子のみんなで食事をとって、また授業。
ぼんやりとしているうちに、あっという間に放課後になってしまった。
「一花ちゃん、帰ろ?」
「う、うん。いいよ」
放課後、私は仁美と一緒に帰り道を歩いていた。
ただ世間話をしているだけなのに、仁美はなんだか楽しげだった。
そんな楽しそうな彼女を見て、私は今朝まで緊張が嘘のようにだんだんと気持ちが緩んできた。
「そういえば仁美、今朝何か言いかけなかった?」
「あ、そうだ、わすれた!」
仁美はポンと手を合わせる。
「ねぇ一花ちゃん、私、おままごとしたいな♪」
「お、おままごと?」
突拍子のないことを言う仁美に、私は首を傾げた。
「うん、今朝テレビ見ててね。ママが赤ちゃんのことをあやしてるの見てたら、私までなんかしたくなってきちゃった。それでなんか急におままごとしたくなってきちゃったの」
そんな話をウキウキとした様子でする仁美
「私がママで、一花ちゃんは赤ちゃん。だからさ、今日一花ちゃんのお家、行ってもいい? ね、私と遊んで♪」
「えっと…」
私は言いよどんだ。
ここ最近の私はお父さんの言いつけもあって勉強漬けの日々。
仁美とだけじゃなくて、京子とかともほとんど遊んだりしていない。
(まぁ、たまにはいいかな)
しばらくお父さんもお母さんも不在みたいだし、今日一日くらい息抜きしてもいいよね。
「う、うん、別にいいけど」
「やったー☆」
仁美は楽しそうにはしゃいでいた。
頭から空気が抜けたようなふわふわした感じの仁美。
そんな仁美が子供のように楽しそうにしているのを見て、私の顔がほころぶ。
……ねぇ、もしかしたら私は本当に酷い風邪をひいてて、そのせいでおかしな夢を見ていただけなんじゃない?
だってそうじゃないとおかしいよ。そもそも、仁美が自分で命を絶つなんて、ありえないよね。
私は風邪で変な夢を見て、それが現実だと思ってた。
ここ最近の私は、ずっと体調がおかしかっただけ
何もかも風邪をひいて私が見た夢だったんだ。
そう思い直したら、心の中のモヤモヤとした気持ちがスッキリと消え去った。
「フフ♪ 良かった♪」
「え? なにが?」
「久しぶりに仁美と一緒にいられて楽しいなぁーって。この何か月かは勉強が大変であんまり遊べなかったし」
「一花ちゃん……」
実際その通りで、私は今年に入ってからお父さんの言いつけでほとんど勉強漬けの日々。
「じゃあ行こっか、私のお家」
そう言って歩き出そうとして――、
「あっ」
私は足を止めた。
「? 一花ちゃん?」
突然足を止めて下を向いた私に、仁美は首を傾げた。
(きっと仁美が死んじゃうなんて悪夢を見たのは、私が仁美にあんなことをしちゃったから、だよね……)
そのことを思い返して、私は身体中に罪悪感が充満するのを感じる。
あの時、仁美に対して私がしたこと。
それが後悔の味となって私の口いっぱいに広がる。
「あのね、仁美。私さ、仁美に謝らないといけないことあるよね?」
「…………………………………………」
罪悪感と後悔でいっぱいになりながら、私は仁美に謝ろうとする
「私はその、あなたとの夢を――」
「一花ちゃん」
私の謝罪の言葉をさえぎって、仁美は突然私の目の前に立つ。
私の視界が、仁美の端正な顔で埋め尽くされる。
その仁美の顔が――
「私は一花ちゃんと一緒にいたいだけなんだよ?」
仁美の顔が剥がれ落ちて、真っ白なマスクに塗り替わる。
真っ白なマスクには顔がなく、その代わりにサソリを模したハート型の不気味なデザインがあしらわれていた。
え?
気付くと見慣れた私の部屋の天井だった。
「ほーら、一花ちゃーん。ママでちゅよー♪ カランカラーン♪ カランカラーン♪」
そして仁美が私の顔を覗き込みながら、おもちゃのガラガラを振って子気味のいい音を立てている。
(このガラガラって……)
それは今朝、仁美の家で不可解な出来事に襲われた時、なぜか私が握っていたものとそっくりだった。
それを仁美は、膝枕されている私をあやすようにカラカラと振って、私の頭をやさしくなでている。
「ふふ、一花ちゃんはいいこいいこでちゅねー♪」
「なに、これ?」
「なにって、赤ちゃんごっこでちゅよー♪ あっ、もしかして一花ちゃん、ねむねむでちゅかー♪」
喉が干上がるのを感じる。
気付けば私は、私の部屋で仁美のおままごとに付き合わされていた。
いったいいつの間に?
途中の意識がない。
仁美の顔が、サソリを模したハート型の不気味なデザインがあしらわれた、不気味な真っ白なマスクに覆われた。
そして気付いたらこんな風に寝かされ、仁美にまるで赤ちゃんのようにあやされていたのだ。
まったく理解ができなかった。
突然、仁美は時計を見た。
「あ、もうこんな時間だ。暗くなる前に帰らないと。楽しい時間ってすぐ終わっちゃうね」
いきなりそんなことを言いだした。
仁美は立ち上がり、帰り支度をする。
「じゃあそろそろ帰るね」
「あ……、う……」
私は理解が追い付かないまま、玄関へと向かう仁美の後に続く。
そして玄関口にたどり着くと。
「……………………」
仁美が振り返ってじーっとこちらを見てきた。
そして――、
何を思ったのか、仁美は私のほっぺにキスをしてきた。
「あっ……」
仁美の唇が私の頬に触れる。
甘えん坊の仁美が、私にこういうスキンシップを求めてくることはたまにあった。
でも――、
(――――――――――――ッ!)
私の身体をそっとつつむ彼女の手――。
頬に触れる彼女のくちびる――。
――人のぬくもりのはずなのに、その感触に得体のしれない寒気が走った。
(なに、この感じ……)
全身に鳥肌が立つ。
でも仁美はそんな私におかまいなしに――
「おやすみなさい、また明日♪」
そのまま私の家から出ていってしまった。
「…………………………………………」
一人きりになって、頭の中が整理されていく。
そしてようやくいまになって、私の背筋に霜柱が立つような得体のしれない冷たさが這い上がってきた。
それはただの直感だが――。
「仁美は、やっぱり、死んでる……?」
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