好きまでの距離1 Side 白波柚子

「そこ、滑りやすいから気をつけて」太陽君がバスの乗降口の前で私が降りるのを待っている。

「うん、ありがとう」

 きっと私がほんの少しだけヒールが高いブーツを履いているから、気にしているんだろう。


 流石に私だって、そこまでドジじゃな……。


「あれ!?」すっとヒールが滑る感覚と足元に浮遊感がする。


 マズイ!!


 手摺りは?何か掴まる物は?


 慌てて怖くなった私はとっさに目を瞑ってしまう……あれ?


 いつまでたっても訪れない衝撃と温かくて柔らかい感触に、そっと目を開けると太陽君が私を抱き締めたまま、尻もちをついていて……。


 太陽君が助けてくれたんだ……。


「あっ、あの!!ゴメッ!!太陽君大丈夫!?」


 安堵と同時に申し訳無い気持ちが湧いてきて、太陽君が折角、心配してくれたのに私は……。


「大丈夫だから、柚子さんは怪我無い?」


「うん大丈夫。ゴメンね、折角気を付けてって言ってくれたのに」


「何言ってるの、僕は良かったと思ってるよ?」


「えっ?」思わず、彼の方を見ると、


「おかげで僕は柚子さんを助ける事が出来た」


 太陽君はニコッと笑ってくれた。


「太陽君……本当にありがとう」


 太陽君のおかげで、ケガをせずにすんだ。


 太陽君のおかげで、今日が台無しにならずにすんだ。


 彼は何気無く笑うけど、私は本当に感謝しなくてはいけない。


「あのね!!太陽君!!」私が、感謝の言葉を言おうとすると、


「大丈夫ですかー!?すみません、そこ滑りますよね!?申し訳無い!!」バスの運転手さんが心配そうな声をさせながら運転席から降りてこようとしている。


 太陽君が片手を上げて「あっ大丈夫です!!こちらは気にせずに!!」とアピールすると運転手さんはホッとした顔をして運転席に戻る。


「柚子さんこそ、大丈夫?」心配そうな彼の声に、

「あっそうだ!!重かったでしょ!?」

 私、太陽君を下敷きにしたままだった!!


 私は大慌てで飛び退く。


「全然、平気!!」

 ハハハと笑いながら、彼は頭を搔いている。


「本当に大丈夫!?ゴメンね!!私が注意が足りなかったせいで!!」私の頭の中は、恥ずかしさと、申し訳無さで一杯になってしまって……。


「うん、大丈夫」


 少し微笑んだ後、小さくため息をつく太陽君。


「でもな……本当は、もうちょっと格好良く助けるつもりだったんだけどな……」


 最後の方の太陽君のボヤきに、思わず笑ってしまって。


 本当は助けてもらったのに、笑っちゃ駄目なんだけど……。


「本当はさ、もう少し華麗にパッと助けるつもりだったんだけどな~」なんて、戯けながら言う彼に、


「充分、格好良かったよ」


 そう言って私は手を差し出すと、

「……ありがとう」少し照れながら彼は私の手を握ってくれた。


 私が彼の手を引っ張ると太陽君がゆっくりと立ち上がる。


 良かった、太陽君もケガは無さそうだ。


「柚子さんは本当に怪我は無い?大丈夫?」


 念を押す様に、真面目な顔をして太陽君はじっと私を見ている。


 何となく照れて顔を赤くした私は、


「うん……大丈夫」恥ずかしくなって、顔を下に向けた。



 それを見ていたバスの運転手さんが少しホッとした様子で、

「良かった、大丈夫そうだね~、じゃあ仲良く水族館デート楽しんで来てね~」と言って手を降ってくれる。


「水族館」「……デート」


 私達は、走り去るバスに手を振りながら、さっき手を引いた時につないだままの手をいつ離したら良いのだろうかと二人考えていた。




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