重なったのは影じゃない10 Side 赤松太陽
「エヘヘ……」嬉しそうに、微笑みながらココアを飲む柚子さん。
ココア、好きだったもんな。
この前、柚子さんの家にお呼ばれした時に、柚子さんが飲み物、ココアを頼んでいたの覚えていて良かった。
まだ、ココアは温かったようでプルタブを開けた時に湯気が立ち昇った。
そんな彼女を見ながら、僕は何気なく前髪を触っていた。
何も言われなかったけど、変じゃ無かったかな?
髪の毛は、昨日美容室じゃなくて床屋に行って来た。
そこは、僕の弟のお気に入りの床屋で、弟の三日月いわく、
『久しぶりに、プロの技を見た』と言う位感動したらしい。
理容師の免許を取って、五年間の間、都内のヘアサロンで修行していた人が、父親の床屋を受け継いたらしい。元々、予約していたヘヤサロンにドタキャンされて、仕方無く入った床屋だったらしいけど、凄く良かったらしい。
三日月が紙に『これ見せれば良いから』と言って髪型の注文を書いてくれて、僕はその紙を理容師さんに渡すだけだった。
この髪型を実は、凄く気にいっているのは、何となく弟に負けた気がするから内緒だけど。
そっと、隣を見る。
まるで大事な物を優しく扱うみたいに柚子さんは、ココアの缶を両手で持って飲んでいる。
何と言うか、その……可愛い。
無茶苦茶、可愛い。
嬉しそうにココアを飲む笑顔も、コートを脱いで、良く見える様になったブラウンのワンピースも、何かもう、全部が素敵過ぎて、全部が網膜に焼き付けたくて……。
僕なんかが隣にいても良いのだろうか?
さっきは、褒めちぎってしまったけど、大丈夫だったのかな?気持ち悪く無かったかな?
「バスの中は、少し暑い位だよね?」
「うん、そうだね〜」
不味い不味い、さっきから気候と温度の話ばっかりだ。
何か話さないと、何か話さないと……時間と後悔たけが積み重なっていく……。
気がつくと、僕の右腕に温かくて柔らかい感触が……。
そっと、触れ合った僕らの腕が温かくて……。
「水族館楽しみだね?」
柚子さんの優しい声が、まるで耳元で囁く様に響いて……。
「うん、そうだね……」そんな事しか言えなくて……。
暖かった二の腕が、熱く感じる位に僕は彼女の事を……。
ふと隣を見ると、そこには……。
「柚子さん、隣を見てもらって良い?」
「あっ……海だ……」
バスの窓から見える一面の海、太陽に反射してキラキラ光って……ボーっと眺めていると、強い風が波を作って、まるで白いウサギが跳ねる様で……前読んだ本にそんな漁師言葉があったなと思い出す。
「太陽君、知ってる?強い風が作った波の事を……」
「白うさぎが跳ねるだよね?柚子さんが教えてくれた本に書いてあった」
柚子さんが、薦めてくれた小説の一説にそんな事が書いてあったのを思い出す。
「嬉しい、覚えててくれたんだ……」その無邪気な笑みに僕は頬を赤くして、
「もうすぐ、目的地だね?」
そんな事を言ってごまかすと、
「そうだね!!」
そう言って、嬉しそうに笑うから、僕は、沢山の白うさぎを数えて何とか心臓の鼓動が落ち着くのを待っていた……。
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