重なったのは影じゃない6 Side 赤松太陽
「何とかなったみたいだね」
時計の針は午後六時を回り、もう日は暮れようとしている。
僕は、夕飯を一緒にという白波家のお誘いを丁重に断り、すぐそこまで送るという白波さんと並んで二人歩いている。
「今日は、その……ゴメンね」
済まなそうに謝る白波さん。
「何言ってるの、今日は楽しかったよ」
これは本当だ、白波さんの家族と楽しく会話出来たし、白波さんのいつもは見る事の出来ない所を沢山見る事が出来た。
「もう、本当にウチの家族は皆騒ぐのが好きだから……」
日が落ちたせいで、白波さんの表情を見る事は出来ない。
「そんな事無いよ皆、白波さんの事、大事に思ってるのが良く分かったし」
「うん……それはそう。だから、パパもママもお姉ちゃんも皆大好き」
「そっか……、皆優しかったからな」それを聞いた僕は自然と笑顔になる。
「……でも、お姉ちゃんはちょっと嫌い」
「えっ?……」見る事は出来ない表情。ただ輪郭だけが映し出されたその顔は、ちょっとだけスネている様に感じた。
「だっ……だってね。お姉ちゃん今日、赤松君の事ずっと太陽君って呼んでて……」
あぁ、確かに、白波さんのお姉さんが僕の事を名前で呼んでたよな。
「その私だって……」後半は小さな声で良く聞こえなかった。
「えっ?……」
「何でも……無いです」
白波さんの言葉は、小さくて儚く感じて……。
「白波さん?」
「何でも……無いから」
もう少し、行った場所にバス停がある。
そこまで行ったら今日はお別れ、慌ただしかった一日が終わろうとしている。
後、五十メートル位……。
僕らは、何も話さず二人並んで歩く。
後、四十メートル位……。
そっと、空を見上げる。少し曇りがちな空、星は良く見えない。
後、三十メートル位……。
街灯が、白波さんの横顔を照らす……。白波さんが吐いた息は白くなって消えた。
後、二十メートル位……。
「あっあのさぁ!!」僕の言葉に白波さんが足を止める。
「どっ、どうしたの?」突然の僕からの声に慌てる白波さん。
「今日は、本当にありがとう」
「はっはい。私の方こそ」
「今日は楽しかった」
「それ、さっきも聞い……」
「本当に楽しかったんだ」彼女の声を遮る様に届けた僕の声は夜の闇に響いていく。
「うん……」
「白波さんのご両親も、お姉さんもみんな温かくて……」
「うん……」
「本当に、お礼を言いたかったんだ、ありがとう楽しかったよ柚子さん」
たった、呼び方を変えるだけなのに、たったそれだけなのに……心臓の音がバクバクなって……。
「あっ、その今の……」
「……駄目、かな?」後バス停まで二十メートル、僕らの足は立ち止まったまま。
「だっ、駄目じゃなくて……嫌じゃなくて……その……あの……」途切れ途切れになりながら、白波さんが必死に言葉を探している。
「……嬉しいです太陽君」
その後、僕が何故あんな事をしたのか良く分かっていない。ただ気が付くと僕は彼女を抱きしめていた。
「……あっ、あの……」僕の腕の中で聞こえる声に、慌てて彼女を離す。
「ゴメン!!嬉しくてつい!!」
何度も頭を下げて、謝る僕に彼女は慌てながら、
「だっ大丈夫、ちょっとビックリしたけど」
「本当にゴメン!!その……」何を言おうか必死で考えている時、道路の向こうからバスが来てしまう。
「あっあの、バスが」
彼女の声に慌てて、
「行かなきゃ!!ありがとう柚子さん!!また学校で!!」手を振りながら走り出す僕。
「うん、太陽君!!今日はありがとう!!」その場で、大きく手を振る柚子さん。
「また学校でね!!」そう言う柚子さんに向かって僕は、もう一度大きく手を振った。
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