day29.名残
「ねえ、ピアス開けてくれません?」
「……どうしたんだ急に」
今まで彼が消えてしまうことを恐れていたけれど、自分自身だっていつ死ぬか分からないんだよな、ということをあの世の一歩手前まで行って実感した。
ならば、生きている内にやりたいことをしたもの勝ち、ということで、ずっと勇気がでなかったピアスを開けることから始めることにした。
「んー、若い内にやりたいことはやっといた方がいいかなって」
「なんだそりゃ。というか、今のピアスは一人でも開けられるような器具があるだろう」
「確かにあとはピアッサーを握るだけですけど、鏡を見ても針先がちゃんと印にあってるかよく分からないんです。ズレて変なとこに穴ができても嫌なので、ちゃんと印の位置が見える人から開けてもらいたくて」
既に耳たぶは消毒して、穴を開けたい位置にマーカーで印をつけてあった。ソファに凭れる彼の隣に腰掛け、ピアッサーを渡す。
同居人は珍しそうにピアッサーをしげしげと眺め、本当にいいんだな、と念を押してくる。私が頷くと、冷たい針先が耳たぶに押し当てられた。
「あとで文句を言うなよ」
カシャン、という機械的な音とともに、耳朶に痛みとも言えないような仄かな違和感。ネットで見聞きしてはいたけれど、本当に拍子抜けするほど痛くない。
「なんだ、ちっとも痛そうにしないな」
同居人がつまらなさそうに言う。真面目な顔で開けてくれた割には、ちょっと面白がってたな。
でも、それくらいで丁度いいと思った。彼の名残を体に刻み込みたくて、ピアスを開けて欲しかったと知られたら、重い、なんて言われてしまいそうだから。
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