day27.渡し守

 困ったことになった。彼岸に花が咲き乱れる川というのは、どう考えても三途の川だろう。

 まだ渡ってないから大丈夫、と楽観視しようとしたが、本当にこちら側が生者の世界なのか? と縁起でもないことを考えてしまって不安になる。

 でも、魚が必死に引き留めようとしていたことを思えば、まだ猶予はあるのかもしれない。無視してごめんな、と小脇で震えている魚に謝って森の方に戻ろうとすると「もし」と声を掛けられた。

「ああ、やっぱり。あなたはまだ生きていますね。森に入ると迷って結局死ぬことになりますよ」

 そこにいたのは、お盆の時に会った門番さんだった。見慣れたスーツ姿ではなく、なぜか水兵さんのようなセーラー服にセーラー帽をかぶっているが。よく考えれば、あの世とこの世の狭間であるこの場所に彼がいるのは道理である。

「門番さん、お久しぶりです。この前はろくにお礼も言えずに済みませんでした」

「いえ、私は門番ではなく、三途の川の渡し守です。まあ、私たちは皆、同じような顔なので間違えるのも無理はありませんが。……生者なのに、門番と知り合いなのですか?」

「えーっと、お盆の時に色々あって……」

 本人のいないところで、職場の仲間であろう人に仕事の最中あったことを話すのは告げ口をするみたいで気が引ける。自分が何気なく言ったことで、門番さんが怒られたら可哀想だ。

「あなたがそうでしたか。門番から話は聞いています。その節は同僚が大変お世話になりました」

 自分が話題に上がっていたことは恥ずかしいが、あらかたの顛末を知っていることにほっとして少し喋りやすくなった。

「それにしても問題ですね、あなた。門番もですが、こちら側に近しいモノたちと関わりすぎです。そのせいでこうして魂が離れやすく、彼岸へと近づきやすくなってますよ」

「え?」

 確かに、ここ一月ぐらい生きた人間とは違う色んなモノと出会った。それが、まさかこんな影響が出るとは。

「門番もお世話になったので、今回は特別に現世までお送りしますが、また魂が離れたときに私や彼みたいな親切な者が近くにいるとは限りませんからね。さっさと変なモノとは縁を切って関わらないようにして、死期を前倒しにすることがないようにしてください」

 こういったイレギュラーなことで死なれると、手続きが面倒なんです。渡し守さんは事務的かつ厳しい口調で続ける。門番さんと同じく真面目な性格みたいだが、渡し守さんはその上で他者にも厳しいタイプらしい。なんとなく、心配されてるのが伝わってくるから怖い感じはしないが。

「さ、乗ってください。元の世界まで送りましょう」

 服装は現代的なセーラー服だが、船は昔ながらの櫂で漕ぐ木造の船だった。横に渡された木の板に腰掛けると、船は静かに水面を滑り出した。

 関わらないように、と渡し守さんは言うが、どちらかと言えば向こうから押しかけてくる場合が多いような気がする。それに、切りたくない縁も出来てしまった。

 渡し守さんには申し訳ないが、しばらく今の生活は変えられそうにない。また、彼らにお世話になることもあるかもしれないから、礼儀を尽くした方がいいだろう。

「あの、門番さんにもあなたにもご迷惑をお掛けしたので、後で菓子折とか送りたいんですけど何か方法って……。あ、ほしいものリストとか公開されてたらそこから送ります」

 渡し守さんは驚いたように私の顔を見た後、呆れたようにため息を吐いた。

「話聞いてました? お礼とかいいですから、ちゃんと決まった寿命まで生きてください」

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