day24.ビニールプール
今日も今日とて雨である。
最近、こんな雨の日によくやってくるのが雨師さまである。気に入られたのか丁度いい人間サンプル認定されたのかよく分からないが、時折雨の日に我が家にやってきては一頻りおしゃべりしては帰って行く。
いつもの青いレインコート姿で玄関に現れた雨師さまは、大きなレジ袋を手に提げていた。
手土産なんて気を遣わなくていいのに、と言おうとして何かがおかしいことに気付く。スーパーでたくさん買い物したときに使うような大きなレジ袋に、水がぱんぱんに詰まっている。しかも、その中で何か動いているような。
「悪いが、こやつを預かってくれないか」
「え、なんですかそれ」
「我も預かった身なのだが、どうにも我が池の水との相性が悪いようでな。ここならなんかこう、何とかなるやもと思って」
「そんなふわっとした理由で変なもの持ち込まないでください」
「変ではないぞ。なかなかに愛らしい顔をしておる。ほれ」
雨師さまがビニール袋を広げる。怖々と中を覗いてみると、三十センチメートルほどの魚が底の方に漂っていた。
「ん?」
どこかで最近見たことがあるような。上から見たところでは、河豚のフォルムに似ているが、それにしては胸びれなどがない。
「いや、うちだって魚とか生き物とか飼えるような設備なんてないですよ」
「大丈夫じゃ。生き物かどうかも怪しいからな」
そんなもの預けないでほしいのだが、雨師さまはずかずかと家の奥へ進み、洗面台に水を溜めると魚をその中に放った。
水底に沈むまでの一瞬、目が合った。びっくりして見開かれたようなまん丸の目。子供が描いた笑顔のような逆三角形の口。グレーと白の体。最近ネットでよく見るあの古代魚に似ているが、確か太古の昔に絶滅しているはずだ。そもそも実際の姿はかなりSNSなどで流布している姿とはかけ離れていると聞いていたが、目の前ではネットで見たそのままが泳いでいる。
「この魚って……」
「うむ。近頃流行っているそうだな。知り合いがネットで見て、可愛いからと作ったそうじゃ」
「作った……」
雨師さまの知り合いというからには神様とか、それに準じる存在であろう。それがネットをやるのかとまず突っ込むべきなのか、ネットを見て生き物らしきものを一から作れることに突っ込むべきなのか、若干頭が混乱する。これが暇を持て余した神々の遊びというものなのか。
「その知り合いがな、自分で面倒を見切れないほどの個体数を作りおって、方々に配ったり預かってもらったりしておってな。我のところでも一匹預かることになったのよ」
多頭飼育崩壊、という言葉が頭に浮かぶ。そんなことになってる神様がいるとか知りたくなかった。
「なんだ、その間抜け面」
騒ぎを聞きつけて、同居人がやってきた。雨師さまがもう一度説明を繰り返すと、同居人はふうん、と相づちを打つと洗面台に手を突っ込みむんずと魚を鷲づかみにした。
「へぇ、こいつがねえ。飼うなら洗面台じゃちと狭いんじゃないか?」
同居人は目線の高さに魚を持ち上げ、上から下から眺めている。どうやら気に入ったようだが、魚がぷるぷる震えていて可哀想なのでやめてあげてほしい。
「……水槽か何か探すので、ひとまず水に戻してあげて下さい」
三人で物置やら何やら捜索した結果、水槽など飼育設備は見つからなかったので、棚の底の方で埃を被っていたビニールプールを庭に設置することになった。
「塩素抜いたりとか……、そもそも淡水……まあいいか」
意気揚々と盥で魚を運んでくる同居人と雨師さまを横目に、ホースで水を溜めながら色々諦めた。オルドビス紀の海の状態なんて分からないし、そもそも生き物かどうか怪しいらしいし。
広いビニールプール移されても、その場に漂うようにゆっくりと泳いでいる。ざっと調べたところ、かなり初期の魚なので泳ぐのはあまり得意ではないらしい。
「おお、元気になったのう。やはりここにつれてきて正解じゃった」
さっきから様子の違いが分からないが、雨師さまが言うのならそうなのだろう。ひとまず元気なら良かった。
……ということは、これから庭のビニールプールで、謎の古代魚の面倒を見なければならないのか。
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