day.21 朝顔

「あのっ、すみません」

 家に帰る途中、背後から声を掛けられた。

 振り返ると、朝顔柄の浴衣を着た中学生くらいの女の子が立っていた。お下げ髪が初々しく、なぜか腕には朝顔の鉢を抱えている。ちなみに、まったく見知らぬ少女である。

「あのっ、あのっ……、これ、受け取って下さい!」

 ラブレターでも渡すような勢いで朝顔の鉢を突き出され、思わず受け取ってしまった。少女はそのまま『きゃっ恥ずかしい』とばかりに浴衣の袖で顔を隠しながら走り去る。

「え、ちょっと!」

 追いかけようとしたが重い鉢を抱えて素早く動けず、もたもたしている間に彼女は通りの先の角を曲がって姿を消した。

 一体、何だったのだろう。告白やプロポーズの際に花束を渡すことはあるだろうが、鉢植えの朝顔って。よく見てみても、特に支柱や鉢自体に手紙が結びつけられているようなことはなかった。本当にワケが分からない。イマドキの学生の流行りなのだろうか。

 それにしては、ずいぶんと地味な花というかなんというか。同じ朝顔にしても、あれくらいの年頃の子なら綺麗な青や鮮やかな紫を選びそうなものだが、今抱えている鉢には赤紫を通り越して赤茶色の花が咲いている。まるで、乾いた血の色のようだ。

 向こうは私の顔を知ってたみたいだし、こんな重い鉢を抱えてくるくらいだから、きっと近所の子だろう。そのうち彼女を見かけたら返すため、ひとまず家に持ち帰ることにした。


「その朝顔を家にいれるな」

 家に帰ると、同居人が厳しい顔をして玄関先に立っていた。

「お前はまた、変なのに目を付けられたな」

「変って、普通の女の子だったよ」

 自分で言っておきながら、そういえば最近会った人外の諸々たちは一見ものすごく普通だったことを思い出した。よく考えてみると、あの少女はダントツで変だったかもしれない。

「見ろ」

 同居人が花を一輪ちぎって手のひらで握りつぶす。手を開いたそこには朝顔の花はなく、真っ赤な血となって滴り落ちた。

「これは呪いだ。この鉢植えを家に置いた人間が不幸になるような」

「そんな、誰かに呪われるようなこと、した覚えないのに」

「本当は誰でもいいんだろうがな。だが、昨日姉の婚約者が言っていたように、お前たち一族は怪異の類に好かれやすい。だから、狙われたのだろう」

 理不尽だ、と身のうちに微かな怒りが湧いた。生まれる家なんて選べないのに、そのせいで呪われるなんて。

「とにかく、その鉢はどこかに捨ててくることだな」

 ぎゅっと拳を握りしめた私に、同居人は宥めるように言った。

 どこかに、といっても迂闊に捨ててその土地の持ち主が呪われても目覚めが悪いので、分別もせずにそのままゴミ捨て場に捨ててしまった。……誰も、拾って持って帰ったりしないといいのだが。

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