day20.甘くない
「分かってる? 結婚って姉さんが考えてるほど甘くないと思うよ」
明日そっちに行くから、と姉から電話があったので、ここぞとばかりにこの前うやむやにされた結婚の話について問い詰めた。聞けば、つい一ヶ月ほど前に出会った男性と先週結婚を決めたらしい。
「別に焦る年齢でもないんだし、もっと慎重になった方がいいよ」
「いいの。もう彼以外考えられないんだから」
夢見る乙女のような口調に、恋はなんとやらという言葉を思い出す。これはもう付ける薬はないのかもしれない。
「ちなみに何してる人?」
「ベンチャー企業の社長」
怪しい。怪しい過ぎる。真面目なベンチャー企業の社長の皆さんには悪いが、その肩書きを名乗って女性と一ヶ月そこらで結婚しようとする奴はどうにも怪しい。
よく珍しいと言われるが、うちの家系では男女関係なく一番上の長子が家を継ぐことになっている。どうにもこうにも男子が生まれなかった為らしく、母も曾祖母も姉妹しかいなかったので、長女である彼女らが婿を取った。祖母には弟がいたらしいが戦争で亡くなったので、結局一番年長の祖母が家長となった。
そんなことが何代も続いたので、当代も姉が家を継ぐことになっていた。故に、財産目当てという疑いが拭いきれない。
とにかく、明日姉と一緒に我が家に来るというので、どんな奴か見定めてやろうと思う。
そんなこんなで翌日。ミニバンに大量の本を積んで姉がやってきた。
肝心の婚約者は仕事のため後からくるというので、同居人も合わせ三人で荷物を下ろす。
ちなみに同居人のことは説明が面倒なので、ワケあってうちに仮住まいしている友人ということにしてある。
テンションというかノリが近いためか、姉とはすぐ意気投合し今にも本の片付けを放棄し酒盛りでも始めそうな雰囲気である。
二人とも喋ってばかりで遅々として作業が進まない中、ピンポーンと玄関チャイムが鳴った。
「はーい」
ドアを開けると、ポロシャツにチノパンという出で立ちの、いかにも爽やか好青年といった感じの男性が立っていた。上下ブランド品なのは若干鼻につくが。
「遅れて済みません。わたくし、お姉様とお付き合いさせて頂いている――」
第一印象は思ったよりマトモそう、といったところか。それより気になるのは……。
「お、お前が婚約者とやらか。こいつと同じで、姉も人外に好かれるのだな」
後ろから顔を出した同居人が言う。やはり、人間ではなかったか。最近、そういったものにやたら縁があるので、なんとなく分かるようになってしまった。
「な、何を……」
「それで、姉をたぶらかしてどうしようっていうんです? 人外さん?」
好青年から人好きのする笑みが消えた。本性を現したな。
「ふん、ばれたなら仕方ない。教えてやろう。お前たち一族の血には我々のような者たちの力を増幅させる効果がある。彼女には我が力になってもらおう」
「ていうかあなた、昔親戚のフリして姉に本を貢いでたひとですよね?」
「ぐっ……、そこまでばれていたとは……」
ちょっとよく見ると面影があるのは分かるし、気付くのは時間の問題だと思うが、何故そこで苦悶の表情になる?
「え、まさか姉さんは気づいてないんですか?」
「……気付かれないように細心の注意を払っている。あれは僕の中で黒歴史なんだ。人間の流行りが分からなくて服もダサくしか化けれなかったし、最新機器についていけず一緒にゲームでも遊べなかったし……。おかしいな、こいつの記憶も消したはずなのに……」
本性を現した、というよりは段々と地が出てきたのだろう、爽やかな印象はどこへやら、陰鬱な表情でブツブツと呟いている。
「それで? お前は姉をどうしたいのだ。取って食いたいワケでもあるまい?」
「そんなことするか! 何の為に戸籍と会社の乗っ取りまでしたと思っている。彼女の好みを研究して外見も性格も年収も完璧にして、ようやく結婚まで漕ぎ着けたのに、そんなことするはずないだろう!」
今、さらっととんでもないことが聞こえた気がするが、要は姉に気に入られる為かなり努力したらしい。
「まあ、こいつも一緒にいるだけでかなり力が戻るような感じがするからな。そうか血だったか」
同居人はひとりで納得して、後はこの婚約者に興味を失ったようだ。追い出そうとする様子も見せないし、たぶん悪い奴ではないのだろう。
そもそも、子どもの頃から気儘な姉の機嫌を取れる貴重なひとりだったのだ。無理に普通の人間と結婚させるよりは、彼に面倒を見させたほうがいいような気がしてきた。
「結局、姉のことが好きで結婚したいだけなんですね」
「なっ……!」
まるで図星を突かれたかのようにごにょごにょと口ごもる。よもや、自覚してないわけではないだろうな?
思ったより目の前の現実は、甘くないというよりかは甘酸っぱかった。
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