day17.砂浜

 子供の頃の話である。

 家族旅行で海辺の水族館へ行き、そのまま綺麗な砂浜と海が見えるホテルに泊まった。

 夜中。ふと目が覚めると、外から独特な抑揚の、唄うような声が聞こえてきた。

 少しだけカーテンを捲ってみると、松明を持った人たちが浜辺に集まり、祭壇の前で何事かを大声で唱えている様子が目に飛び込んできた。

 それが幼い自分には、お祭りをしているように見えた。地元のお祭りでは、神主さんと大人たちが神社の祭壇に向かって何かを唱え終わると、子供たちはお団子を貰える習慣になっていた。

 ここでも大人たちの仕事が終わったら、なにか食べ物が貰えるかもしれない。親を起こせば夜に間食はダメと言われるに決まっているので、寝ている家族の横を通り抜け、ホテルを出て砂浜に下りる。

 空に満月が浮かんでいるのと、祭壇の蝋燭に灯がともっているので明かりには困らない。

 しかしほんの数分の間に、祭壇を残して人間は誰も居なくなっていた。

 祭壇には、色々な食べ物が載っていた。エビや蛸などの海産物が多く、特に目を惹いたのは、中央の巨大な皿とそこからはみ出すように置かれている魚の切り身だ。マグロの刺身のようにも見えるが、それにしては赤黒いし、普通ではついていない青いぬらぬらとした皮がある。

 好奇心のままに、その魚とも肉とも分からないものをつつこうとした、その時。

「いけないよ」

 切り身に触れるすんでの所で、手首を掴まれた。その手は蝋燭に照らされてもなお青く見え、じっとりと濡れて、生きている人間のそれとは思えないくらい冷たい。

「私のようになりたくなければ、それを食べてはいけない。人間が手を出してはならないものなんだ」

 怒られる、と思ったが、静かな声でそう告げられただけだった。夜の海のように、冷たく感情のない声だ。

 言っていることの半分も分からなかったが、分からないなりに何かとんでもないことに首を突っ込んだ、という恐怖が湧き上がってきた。

 恐怖のままに、掴まれていた手を振り払い叫びながらホテルまで走った。

 幸い、誰からも追われることはなく、部屋に戻ることができた。そのまま布団の中であの青い手が追っ手くるのではないか、としばらく震えていたがいつの間にか寝てしまった。

 翌朝、チェックアウトの後に砂浜を見てみると、昨夜の怪しげな儀式の痕跡は一切なかった。

 それだけのことだが、以来なんとなく砂浜が怖くて近寄れないでいる。

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