day14.お下がり
「どう、元気してる?」
ひさしぶりに姉から電話がかかってきた。近況など、どうでもいいおしゃべりならSNSで済ませるので、わざわざ電話してくる時は何か面倒ごとを押し付けようとしている時だ。
「で、今度は何のトラブル?」
「人をトラブルメーカーみたいにいわないでよ。ただ、ちょっと家が手狭になったから、本を少し預かって欲しいだけ」
「またぁ? この前引っ越しの時、さんざんウチの本棚に姉さんの本を勝手に詰め込めるだけ詰め込んでいったばっかりなのに?」
私も大概だとは思うが、姉は桁外れの本の虫である。部屋は小さな学校の図書室顔負けの様相で、それが部屋の外まで溢れ、最早実家に帰ったのか図書館に来たのか、最近では分からなくなるような有様だ。
電話の向こうからは、姉の声の他に本棚から本を抜き取るようながさごそという音が聞こえてくる。もう送りつける気で本を選んでいるに違いない。
「いいじゃない。持ってく本は好きに読んでいいし、仕事でも役立つかもしれないし。……あ」
「どうしたの?」
「いや、懐かしい本見つけて。覚えてる? 昔、たくさん本のお下がりくれた親戚のお兄ちゃん」
そういえば、私たちきょうだいの本好きに拍車を掛けた少し年上の親戚の少年がいた。たしか割と家が近所で、うちの実家でよく遊んだ記憶がある。よほど裕福な家庭だったのだろう、よく読み終わった本を惜しげもなくお下がりとして姉と私にくれたのだ。
私たち、というよりも姉ひとり貢いでいたように思う。一緒に遊んでいると、傍目にも姉に気があるのは明らかだった。
「ああ、いたねえ。えーっと……あれ名前が出てこない」
「あんなによく遊んでいたのに薄情な……って、どうしよう私も思い出せない。ちょっと待って、お母さんに聞いてくる」
ばたばたと階段を降りる音と母親を呼ぶ声が繋がったままの電話から響く。そのまま明瞭でない話し声が続き、しばらくすると今度は階段を上る足音と姉の沈んだ声音に切り替わった。
「お母さん、そんな子知らないって。本も、ずっと私がお小遣いを貯めて買ったものだと思ってたって」
言われてみれば、うちの実家は田舎なので親戚付き合いが密である。今でも地元に帰れば叔父叔母やいとこたちとよく顔を合わせるが、例の本のお下がりをくれた少年とは大人になってから一度も会ったことがない。よく考えてみると彼の親に会った記憶がないし、そもそもいとこだとかはとこだとか、どういう関係性の親戚なのかも分からない。
「でも絶対子供のころ一緒に遊んだよね。ゲーム機持ってないっていうから、いつもトランプとかボードゲームとかで遊んだの覚えてるもん。ゲームもケータイも知らなくて、ちょっと古いようなお坊ちゃんぽい服着てたから、親が厳しめのいいとこの子なんだろうなって。親戚の子だと思ってたけどそうじゃなかったのかな。あっ、そういえば貰った本に名前書いてあった気がする」
ぱらぱらとページを繰る音の後、しばらく沈黙があった。どうしたんだろう、と心配になって声を掛けようとした瞬間「何、これ……」と呆然とした姉の呟きが聞こえた。
「どうしたの?」
「いま、貰った本に名前書いてなかったか探してたんだけど、ページの真ん中くらいのところに『おとなになったらもらいにいきます』って書いた紙が挟まってて……。さっき見たときには絶対なかったのに……」
実際見たわけではないのに、藁半紙に子供の拙いひらがなで書かれた文字が脳裏に浮かんでぞっとした。もし、その少年が人ではない何かだとして、姉に懸想していた彼が言う『もらいにいく』とは。
「まあ、私の字じゃないけどきっと私が書いて挟んでたのを忘れてて、さっき見落としただけかもしれないし。この話はこれで終わり」
「でも、姉さん……」
「それよりさ、私結婚するの。それでいろいろ忙しいから、いちいちこんなこと考えてられないし。彼とはこの家で暮らすからちょっとでも片付けないと。そんな感じで、近い内に本持ってまたそっちに行くから」
じゃあね、と一方的に通話が切られた。
「はぁ?」
謎の少年やら姉の結婚やら、情緒がぐちゃぐちゃのまま、私はしばらくスマホの画面を見つめるしかなかった。
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