day13.流しそうめん
気温が体温を超えるかという暑さの中、今日も今日とて近くのスーパーで買い物をした帰り。道の向こうから、ふらふらと見覚えのあるスーツ姿が歩いてくるのに気づいた。
あ、あの世の門番さんだ、と思った時には彼は大きく体勢を崩し、今まさに灼熱のアスファルトに激突しようとしていた。
「わー! 大丈夫ですか!?」
すんでのところでアスファルトと彼の体の間に割って入り、どうにか抱き留めることに成功した。こんな日にスーツをきっちり着込んでいたら、熱中症になるのは当たり前だ。
「……ああ、昨日の、……その節は、大変……」
「挨拶とか大丈夫ですから! 水飲めます? 救急車呼びましょうか?」
買ってきたばかりのペットボトルから冷えた水を少し飲むと、顔色が少し良くなったように見えた。
「いえ、救急車は結構です。すみません、ご迷惑をお掛けしました」
飲み物代を、と懐から財布を出そうとしたので慌ててお断りした。たぶん彼も人ではないのだろうけど、やっぱり近頃の人外は常識的だ。
「あの、それより体調が大丈夫で、もしお昼とかまだだったら、うちで流しそうめん食べませんか?」
「は?」
それに比べて、私の提案のなんと非常識なことか。
「いきますよ」
それから十数分後。スーツのジャケットとネクタイを縁側に置き、シャツを袖まくりして彼は流しそうめんの流す役を買って出てくれていた。
同居人の思いつきにより庭で流しそうめんをすることになったはいいが、ふたりでは流す役と食べる役がひとりずつになってそんなに面白くないのでは、と気づき流す役の頭数を増やそうと門番さんを巻き込んだのは確かだ。どうせ同居人は、あまり流す役をやりたがらないだろうから。だからといって、ずっと彼がそうめんを流し続けることはないのだが。
そろそろ交代しますよ、と声を掛けても、
「いいえ、きのうからあなたにはお世話になりっぱなしなので、これくらいやらせて下さい」
と言って譲らない。真面目なサラリーマンの見た目そのままに、なかなか頑固なところがあるようだ。
「でも、また倒れても大変だし……」
「放っておけ。現世におけるかりそめの器がどうなろうが、そいつらは死にはしない」
ひたすらそうめんを享受する係に徹している同居人は門番さんにそっけない。門番さんを連れ帰って引き合わせたとき、紹介しなくても一目でお互いの正体が分かったらしく、同居人は対人間の来客用の愛想を即行捨て去った。彼は人間は好きだけど同類の犬は嫌い、みたいな大型犬じみたところがある。
「そうです。この体は地上で仕事をこなすための着ぐるみのようなもので、強度は普通の人間と変わりませんが、多少のことでは本体に影響はないので」
「てことは動けば疲れるし、暑かったらまた具合悪くなるってことじゃないですか。やっぱり代わりますよ。いいんです、私もそうめん流してみたかったんで」
申し訳なさそうな門番さんを椅子に座らせ、代わりに台に上がる。ホースから流れる水の上にそうめんを一掴み乗せてやると、面白いようにぴゅーっと竹の上を滑っていく。
「そうめん、初めて食べます」
「そうなんですか。忙しそうですし、こっちに来た時はやっぱコンビニ飯とかになりがちですか?」
「いえ、私たちに人間の食物は必要ないのです。そもそも、自分は地上に来るのは今年が初めてで、よく考えたら食べ物を食べること自体初めてでした」
「えっ、それならもっといいものご馳走したのに」
まさか食べ物を食べたことがない、という発想はなかったので安易に流しそうめんに誘ってしまった。初めて食べたものが流しそうめんって。
「どうぞお気遣いなく。私も門を通る死者から話には聞いてまして、気になってはいたので。一人でできるものではないですし、こうしてお誘い頂けて嬉しいです」
話をしながらも、彼は次々と流れてくるそうめんを箸で摘まみ上げては口に運んでいく。何はともあれ、気に入ってもらえたようでよかった。……門番さんは、自分が顔に出やすいタイプとは気づいて気づいてないんだろうな。
「いいものですね、流しそうめんって」
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