day12.門番
「あのう、すみません。この辺に神社がありませんでしたか?」
買い物の帰り、自宅の前でサラリーマン風の男性に話しかけられた。この暑いのにスーツをビシっと着こなし、神経質そうな動作でしきりに眼鏡の位置を直している。
訪問販売か、と身構えたがどうやら違うらしい。ぱっと見、会社員にしか見えないが、神社に一体何の用があるのだろう。
「えっと、何十年か前にはこの近所にあったらしいですけど、区画整理とか宅地造成とかでなくなったらしいですよ」
ちょっと怪しいので具体的に我が家が神社の跡地に建っています、とは教えられなかった。それでも全く知らない、と言えないあたり我ながら人が良すぎると思う。
「ふうむ、困りましたね……。それでは明日に間に合わない……」
男性は俯きがちにぶつぶつと呟きながら考え込んでしまった。そもそもスケジュール変更が、とか、来月もあるのに、とか漏れ聞こえてくるが、今時のビジネスパーソンはそこまで差し迫って神社が必要になることがあるのか。やっぱり私にはサラリーマンは向いていなさそうだ。
なんとなくこの人に家に入るところを見られたくないので、こっそりと一度この場を離れようとした瞬間、ばっと顔を上げた男性に見据えられた。
「重ね重ね申し訳ありませんが、この近辺に神社かそれに類する、昔から信仰を集めている場所はありませんでしょうか。あ、茄子畑でもいいんですけど」
なんだかあなたは御存知な気がするんです、と縋るような目で続けられて、これは教えるまで逃げられそうにないと悟った。
その時脳裏に浮かんだのは、雨師さまの池のことだった。日傘のひとから話を聞いた後、歩いて行ける範囲の近くの森、というヒントから場所を特定し、まだその池が残っていることを実際に行って確認していた。
適度に日差しのある気持ちの良い森で、透明度の高い水を湛えた綺麗な池だった。その周囲には注連縄が張り巡らされ、石造りの小さな祠とお供え物があったことから、今でも聖域として大切にされていることが伺えた。
このことを伝えると、男性は満面の笑みで行ってみます、と言い残し去っていった。スキップでもしそうな軽い足取りであった。
一体何だったんだ、と後ろ姿を見送っていると家のドアが開いて、同居人が「何をしている?」と顔を出した。
リビングまでの道すがら、今し方あったことを説明すると、同居人は合点のいった表情で「そうか、もうそんな時期か」と言う。
「え、何の時期ですか?」
「盆だよ。お前が引っ越してくる前どこにいたかは知らないが、こっちでは盆は七月で、明日からなんだ」
地元では八月にお盆の行事をしていたが、知識として関東と一部地域では七月に行うことは知っていた。この町がそうだとは知らなかったが。
「もしかして、スケジュール変更とか、来月とかっていうのは……」
「うむ。もともとこの辺は七月盆だったが、お前みたいに引っ越してくるやつもいて八月に盆をやる者もいる。人間の暦の変更に合わせて、あいつらも二度黄泉の蓋を開けて、この世側にある特定の繋がりやすい場所に接続しなければならなくなったわけだな」
「じゃ、あのリーマンって……」
「ああ、黄泉の門番だ」
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