day10.ぽたぽた
梅雨明けはまだ遠いようで、今日も雨が降っている。
軒端からぽたぽたと落ちる雨粒を見て、そういえば、と今の今まで忘れていた子供の頃の記憶が蘇ってきた。
両親が共働きだったので、放課後はいつも三つ上の姉と一緒に過ごしていた。
たぶん、あの日も七月の梅雨が明け切らない頃だったと思う。姉は小学校の高学年だけのクラブ活動があったので、私だけ先に帰宅しリビングのソファでごろごろとマンガを読んでいた。
ふと顔を上げると、掃き出し窓の向こう、軒先からぽたぽたと落ちる水滴になんだか違和感を感じた。
気になって窓に近寄ってみると、その理由が分かった。軒下に真っ赤な水溜まりが出来ており、よく見ると軒から落ちる雫に赤いものが混じっていた。
まさか、血? とびっくりして窓から飛び退いた。まさか屋根の上に、怪我をした人がいる?
なぜそんなことになっているのか分からなかったが、子供心にもしそうなら助けなきゃ、と思って階段を駆け上がった。
二階の、私と姉の子供部屋。ちょうど血溜まりの真上の屋根が見えるのが、私たちの部屋の窓だった。
雨が降っているのも気にせず、窓を開け顔を出す。そこには思った通り、人が倒れていた。
「ねえ! だいじょうぶ!?」
声をかけるがぴくりとも動かない。心配になった私は学習机の引き出しから絆創膏を何枚か掴み、椅子を寄せて窓枠を乗り越えた。
近くで見たそれは、人のようで人でなかった。あり得ないくらい白い肌に、青みがかった透き通るような銀髪。そしてなにより、背中から伸びる白い翼。
翼は片方が根元から折れ、血が滲んでいる。これが軒下に血溜まりが出来ていた原因らしい。
折れた根元に絆創膏を貼り付けるが、子供の擦り傷に使うような絆創膏ではとても傷口を覆うことはできない。母の使う救急箱なら、包帯などもっと使えるものが入っている。一度家の中に戻ろうとした、その瞬間。
雨に濡れた屋根で足が滑った、と分かった時には体に衝撃が走っており、視界が回転していた。屋根を転がり落ちているのだ。
次の瞬間には屋根から放り出され、時間が停止したように感じられた。永遠に思えるような浮遊感の後、重力に強く引っ張られるのを感じた。
落ちる、と思った刹那、誰かに腕を掴まれた。が、引っ張り上げられることはなく、そのままずるっと腕を掴まれたまま落ちていった。
記憶はそこで一度途切れた。けれども、その後のことはなんとなく覚えている。
クラブ活動から返ってきた姉に、あんた何してんの、と庭に転がっているところを起こされた。私は屋根から落ちたショックのせいか最前のことを全く覚えていなかったので、わかんない、としか答えようがなかった。
私は全く怪我をしていなかったし、血溜まりも消えていた。具合が悪いわけでもなかったので、寝ぼけたか何かで庭に横たわっていたのだろう、ということになり、その日の夕食時に笑い話として提供された。
今にして思えば、きっと、あの翼ある人が助けてくれたのだろう。助けるつもりが、却って助けられてしまったようだ。
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