day9.肯定

肯定


「まーた私のタブレットで勝手に買い物しましたね」

「さて、どうかな」

 江戸時代みたいなことを言う同居人が、現代生活に慣れることができるか心配だったが全くの杞憂に終わったようだ。

 日々増えていく見覚えのない服、本、雑貨などなど。反比例して減っていく残高。適応力が高すぎるのも考え物だ。

「どうかな、じゃないでしょう。こんな謎の置物、私が買うわけないじゃないですか」

「その置物、前からあったんじゃないか?」

 リアルな造形の蛸が頭蓋骨を掲げる彫像。それだけならメメント・モリな美術品に見えなくもないが、こう、鮮やかな金色に塗られていると悪趣味以外の何物でもない。

「いーえ、もともとこの家にはこんな置物はありませんでした」

 コン、コン。

 ふたりの視線が一斉に壁に向く。確かに、誰かが、壁をノックするような音がした。が、そこにはただ白い壁があるだけで、誰もいないし音が出そうなものはない。

 同居人がすぐさま扉を開け、壁の向こうの廊下を確認する。が、すぐに戻ってきて首を横に振る。……誰もいなかったらしい。

「この家は……っ、どこまで怪奇現象が増えるんだ……!」

 思わず頭を抱える。よく、心霊スポットで一番危険なのは廃神社だと聞くが、神社が建っていた土地にあるこの家にも同じことが言えるのではないだろうか。――一応、その神様ではと疑われる存在が隣に居はするけども、それについてはあえて追求しないでいるからなんとも言えない。

「この土地はそういうものだから諦めろ。だがまあ、これも悪いものではなさそうだから気にするな」

 コン、コン。

 また、音がした。なんとなく、こちら側から叩いているのでも壁の向こう側からノックするのでもなく、壁の中から直接音が聞こえるような気がする。

 家から発生する音ならば、もう家鳴りと割り切る他ないのかもしれない。それより問題は。

「そうですね、気にしないことにします。でもこの置物については別です」

「う、忘れてなかったか」

「当たり前です。この前座ってたデッキチェアも、前の住人が色々残していった物置から引っ張り出してきたのかと思えば、いつの間にか通販してたやつでしたし」

 コン、コン。

 三度、壁が鳴る。こう繰り返されると、何か伝えたいことがあるのではという気がしてくる。

「何か、言いたいことがあるの?」

 コン、コン。

 返事をするようにノック音がする。たぶん、イエスだろう。

「君は幽霊?」

 静寂。つまり、ノーということだろうか。

 それで、なんとなく思いついたことがある。

「私たちの会話で、本当のことを言ってる時に音を鳴らしている?」

 コン、コン。イエスだ。

「ほう、ではこやつの原稿は昨日から全く進んでいないな?」

「なっ」

 コン、コン。

「なるほど。発話者がそれが本当かどうか知らなくても、事実であれば肯定する、と」

「当てずっぽうだったんですか……、心臓に悪いのでやめてくだい」

「おそらく便利な使い方もできるぞ。こやつが失くした万年筆があるのはこの家の中か?」

 コン、コン。

 書斎の中か? 無音。リビングか? 無音。と部屋の名前を次々と挙げていくが無音が続いた。最後に、風呂場か? と訊ねるとようやくコン、コン。とノック音が返ってきた。

 その後風呂場を隈無く捜索したら、脱衣所の洗濯機の裏から探していた万年筆が出てきた。きっと、胸ポケットに万年筆を差したまま服を脱ごうとして落ちてしまったのだろう。

 見つかってよかったな。と屈託のない笑顔を向けられると、素直にこの人がいてよかったと思う。私一人では、多分音に怯えてここまで考えもしなかっただろう。正体が何であれ、もう生活に欠かせない存在になっている。

 ……そういえば、何か忘れているような。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る