day8.こもれび

「そんなの、ただ体よく捨てられただけだろ」

 昨夜の雨が嘘のように晴れ、雲ひとつない昼下がり。小さいながら季節の花木が並ぶ心地よい庭。木漏れ日の下、どこからか引っ張り出してきたデッキチェアに寝そべる同居人に、昨日の顛末を説明したところ、返ってきた言葉がこれである。

「えぇ? だって駆け落ちまでする仲だったんですよ。なのにそんなことあります?」

「お前は女の方の言い分しか聞いていない。実は激重粘着質ストーカーで、男の方ではもううんざりしていたという可能性もある」

「げきお……いや、全然そんな風には見えませんでしたけど」

「女を見てくれで判断するのは危険だぞ。そもそも何時代の話か知らないが、狼や野犬、もしかしたら熊が出るかもしれない夜の森に、女をひとり置き去りにする時点でおかしいだろう。よっぽどの馬鹿でなければ、明確な殺意しか感じないがな」

「まあ、確かに。相手の男は伊勢物語読んでないのかってちょっと思いましたけど」

 七夕の夜に聞いた切ない恋物語が、どんどん血腥い殺人事件へと変貌していく。しかも、彼女の本性はともかく、起こったこと自体は実際に有り得そうで怖い。

「そういえば、そのTシャツとジーパン、どこで拾ってきたんですか?」

 どこにでも売ってるような服装だが、彼の方が身長が高いので私が持っているものを着てこんなにぴったりなはずはない。

「ああ、お前が出掛けている間にタブレットとやらで注文した」

「なっ、いつの間に使い方を……! そもそも! あなた変身みたいなので服も変えてましたよね!?」

「あれは簡単そうに見えてなかなか大変なのだ。実物の服があるならそれに越したことはない」

 買った覚えのない雑誌をぱらぱらめくる横顔が、あまりにも綺麗なので強く出ることができない。メンクイは、こういうとき損である。

「……もー。次からは相談してから買ってくださいね」

 雑誌から視線も上げず、そうする、と気のない返事。これは小まめに通販サイトの履歴を監視したほうがいいな。

「それにしても、その雨師さまとやらも難儀だな。好いた女が他の男のストーカーとは」

「え、好いた女? あの日傘のひとのことですか」

「他に誰がいる。神の眷属というのは、基本こき使われる為にいる。それを仕事もさせずただ遊ばせているのだ。惚れた弱み以外の何物でもないだろう」

「へぇ、そういうものなんですか」

 この前図書館で調べたものについて、私はまだ彼に聞けないでいる。なんだかそれを聞いたら彼がいなくなってしまいそうで。だから、彼から神という言葉が出たとき、心臓が跳ね上がった。

「働かせるのでなければ嫁にしたいのだろうが、彼女は他の男にお熱ってわけだ。まあ俺らみたいなのは気が長いから、時間をかけて振り向かせようって魂胆なのだろう」

 俺ら、という言葉が気になったが、それ以上に雨師さまの純愛に感動したので、

「ま、粘着質を好きになるのは粘着質ということだな」

 と、同居人が続けたのは聞かなかったことにした。

 

 そんなこんなで、今日も同居人の正体について質問できなかった。でも、知らなくても上手くやれているし、無理に聞き出すこともないのかもしれない。

 日陰でも日向でもない木漏れ日が心地よいように、彼の正体も彼女と婚約者の間に起こったことも、曖昧にしたままの方がいいことがこの世にはあるのだろう。

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