day5.蛍

 夜、照明を最低限にした書斎で原稿を書いていると、どこからか蛍が飛んできた。

 こんな住宅街で珍しい、と手を止め眺めていると蛍が口を利いた。

「お前が姿が見えないと落ち着かない、と五月蠅いから蛍の姿を借りてきてやったぞ」

 暗い書斎の中では緑がかった光しか見えないのに、最大限譲歩してやったぞ、となぜかふんぞり返っているのが分かる。

「それは蛍に取り憑いているということ?」

「人の言葉で言えば、それが近いだろう」

 とはいえなぜ蛍? という疑問がなくもない。この人外の同居人には、まだまだ謎が多い。

「それにしても、なぜお前は部屋をこんなに暗くしているのだ。目に障るだろう」

「またリビングにいるみたいな変なのを見たくないからですよ。暗くて見えなければいないのも同じだし、もし見えても暗いから何かの見間違えと言い訳できる」

 蛍がくくっと笑う。蛍に笑われるのは初めての経験だ。

「暗闇に何かいるのを想像して怯えるのではなく、見なければよいとするか。面白い」

「もういるのは確定なので、あとはもういかにして遭遇しないか、見ないでいるかの戦いなんですよ」

 ほんの少し、蛍相手に何を真面目に話しているのだろう、という気にならなくもないが姿がない相手に話すよりずっと話しやすい。

「心配せずとも、アレはリビングから出られない。人間がいる時も現れないし、棚の下のゴキブリのようなものだ。安心してちゃんと明るい照明をつけろ」

「ゴッ……」

 口にするのも憚られる黒い虫の名を耳にして、顔が引き攣る。ちゃんと掃除しているし、うちにはいないと信じたい。

「なんだ、怪異の類は平気なのに、ゴキブリは恐ろしいのか。それにしては同じ虫である今の俺の姿は大丈夫そうだな?」

「蛍とあの黒い虫を一緒にしないでください!」

 確かに、きれいな虫ときたない虫を分けるのは人間だけなのだろうが、植え付けられた嫌悪感は如何ともしがたい。

「ふむ、やはりお前は面白いな」

 ほのかな光の奥からにやりと笑う気配がする。まあ、蛍なら見てて飽きないからいいか、と思ってしまうあたり彼のペースに巻き込まれている気がする。けれども不快な感じはしないから不思議だ。


 数日後、また虚空から声が響いた。

「依り代の蛍が死んでしまった……。やはりもっと生命力の強い依り代でないと」

「ゴのつく黒い虫だけはやめてくださいね」

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