day4.触れる

 ここ数日、身の回りで怪異が多発している。

 外で出会ったものもあるが、ほとんどは家の中で起こったものであり、そもそもこの家に引っ越してくる前には心霊じみた現象とは縁がなかったことを考えれば、原因が家にあることは明確である。

 とはいえ今のところ変なものが見えたり聞こえたりするだけで、体調が悪くなったり、事故に遭ったりなどの実害は出ていない。物が無くなったりするのは少し困るが、それくらいであればこの書斎付き、閑静、かつ街に出やすいという三拍子揃った家から逃げ出す気にはならない。

「よい心がけだ」

 いつぞや書斎で聞いた声だ。以前と同じで、部屋中見回しても誰の姿もない。

「どういうことだ。というか、君は誰なんだ?」

「この土地の精だとでも思ってくれればいい。お前はこの家と相性がいい。無闇に出て行こうとするのは得策ではないぞ」

 ほとんど独り言のつもりで問いかけたら会話が成立してしまった。が、相変わらず姿は見えない。

「私に害がないなら出て行かない。そもそも、先立つものがない」

 ふふん、と鼻で笑った気配がする。電話など相手の姿が見えないコミュニケーションには慣れているつもりだったが、またそれとは勝手が違ってまごつく。そんなはずはないが、自分が頭のおかしな人間になったような気さえする。

「あの……なんとなく君と話してて悪いやつじゃなさそうなのは分かるけど、何もないところに話かけるのは私の精神衛生上よくないんだ。何とかこう、私に見える形で姿を現してもらうことはできないか?」

「ふむ、目に見える形がなければ会話もできないとは、人間は難儀な生き物だな。だが俺はちゃんと存在するから安心しろ。ほら」

 突然、膝の上に置いていた手を握られた。が、握る手は見えないし、まず人間の手のような形や触感をしていない。ただ、湿った土のような冷たさの圧力があるだけだった。

 ほらな? と虚空から声がする。どうにも、姿を見せてほしいという私の希望を叶えるつもりはないようだ。

 こうして、見えないが触れる同居人との生活がが始まった。

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