day3.文鳥

 友人から文鳥を預かった。

 数日間仕事で家を空けるらしく、一羽だけにしておくのは心配だったそうだ。

 世話も簡単だというし、得体の知れないものがいるこの家で一人でいるのは心細かったこともあり、私は喜んで請け負った。

 問題があるとすれば、私自身は動物が好きなのに、なぜか動物側からは嫌われてしまうことだろうか。

 文鳥も、人懐こくておしゃべりな子だから、と友人には聞かされていたのだが、様子を眺めているとそっぽを向かれるし、未だ鳴いているところといえば威嚇しているところしか見たことがない。

 まあ、それはいつものことなので、籠の掃除や水替え、餌やりはきちんとしている。ちゃんと世話をしていれば、懐いてくれると信じて。


 そうしているうちに、あることに気がついた。

 私が席を外しているときに限って、誰かに語りかけるようなさえずりが聞こえてくることがあるのだ。

 単純に私のことが嫌いで、一羽のときに鬱憤を晴らしているのかとも思ったが、それにしてはどことなく呼びかけるような響きがあるような気がする。

 まさか友人の身に何か起こって、魂だけでも愛する文鳥のもとに……と一瞬本気で考えて友人に連絡したが、全くもって無事であった。

 普通だったら、こんな馬鹿げたことはしないだろう。近頃頻繁に起こるおかしなことのせいで、非現実的な事象を信じるようになってしまったらしい。

 しかしとりあえず、残った一片の理性がちゃんと何が起こっているか調べるべきだと告げる。

 鳥籠は一階のリビングに設置してある。私は何気ない風を装って席を立つと、扉越しに中の様子を伺った。

 初めは無音だったが、しばらくするとチチッ、チチッと鳴き声が聞こえてきた。

 扉を音を立てないように少しだけ開けて室内を覗き見る。

 一見、室内には誰もいないように見えた。だが、視線を床に下げると、髪を振り乱した女がフローリングの上を這いずり回っている。奇妙なことに、古びた赤いドレスやぼさぼさの髪が床に擦れる音がしそうなものだが、そんな音が全く聞こえてこない。そして、文鳥はそれに向かってチチッ、チチッと鳴き続けている。

 扉を思いっきり開けると女の姿は消え、文鳥も鳴き止んだ。

 恐ろしいものを見たはずなのだが、自分はアレに負けたのか、という情けない思いの方が強い。

 なんとなく、炭鉱のカナリアを思い出した。あれは鳴き止むことで坑内の異常を報せるそうだが、この文鳥が鳴いている時はこの部屋で異常が起こっていたわけだ。

「お前はアレが気にならないのか?」

 文鳥は少し首をかしげた後、そっぽを向いた。少なくとも、私の方が気にくわないのは確からしい。


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