はい、こちら東京特霊科第六支部です

Runrun

第1話

指が冷たい。





紅葉の時期はとうにすぎ、茶色くくすんだ枯葉が風に吹かれて不規則に転がりカラカラと音が鳴っている。

普段はそこそこの賑わいある雑居ビルが立ち並ぶ通りだが、周囲に人影はない。当然だろう、今は夜中の2時である。

アクリル部分が黄色味がかった電灯だけが辺りを不気味に照らしている。


雑居ビルの隙間の闇に、溶け込むように女が潜んでいた。肌は青白いまでに血の気を感じない。しかし、その目は鋭く通りの向こうを見つめていた。


コンクリートからの冷気が伝わり、指先からじんと痺れていくのが分かる。

だが全身の感覚が鈍くなることはなく、かえって鋭く、暗闇の中であっても周囲の状況が手に取るように分かった。


女が雑居ビルの隙間から伺うように身を少し出し、通りのある一点を先程より鋭く見つめる。向こうには何も見えない。

いや、何も見えないが、何も無いわけではない。


イる。

ナニカがイる。あるはずのない何か。あってはいけない何か。この世のものではないナニカ。


それは黒かった。それは闇だった。

楕円の形をした黒いナニカ。上背は2メートルはあるだろうか。その巨体を不思議なほどに細い足が二本で支えている。

あれは、顔か。

人は丸が3つあると自然とそれを顔だと認識するというが、やつの顔はまさにそうであった。

顔があると予想される高さに穴が三つ、ぽっかりと空いている。穴には眼球も何も無い。何もなく、ただ底しれないどこまでも続くような深い闇があるだけだった。



 ゆらりゆらりと、それはいつ転ぶかも分からない不安定な足取りで、しかし確実に近づいてくる。女は雑居ビルの隙間に再び身を隠し、息を潜める。

「…………キぅ……ウっ……………」


五つとなりのビル。

「……う……#%ュ…………ウギュ……」


三つとなりのビル。

「…ウキュ……》√う………ゥ?……」


……すぐとなり。

「…キュ?……ユ…」




「………………………………………………ギュ♪」








「ギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュギュ!!!!!!!」


声とも違う、金属を擦り合わせような不快な音が響き渡った。

 笑っている。目と口のような穴に変化は無く、先程と同じようにただただ窪みがあるだけだ。だが確かに奴は笑っている。歓喜に身を震わせている。無邪気とも言える喜びがこちらまで伝わってきた。


息が浅くなり胸郭の動きまで小さくなるほど身を潜める。肩ほどまでの黒髪が頬をパサリとかすめる。


来る。ふっと息を吐いた。








ヌルッ。


怪物が不自然なほどの勢いで身体を直角に曲げビルの隙間に顔をだし覗きこむ。


……が、女はいない。

「…んキュ?」


次の瞬間、怪物の右足が消えていた。

どてっと奴の身体が緩慢な速度で歩道に倒れこむ。


「…んギュ………キュ………






イヤアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああ!!!」







「ふぅ。」


先程まで身を潜めてた女がそこに立っていた。肩より少し短い黒髪に、髪と同じくらい黒々とした瞳。そして黒くタイトなライダースーツを思わせる服をまとっており、目の前の怪物に負けないくらい黒い印象を受ける。

それで怪物を切ったのだろう。右手は少し短めの刀に添えられている。

身体の大きさは小柄で、女というよりは少女と称した方が良い風貌だった。



「ゴメンナサイ! ゴメンナサイ !モウシマセン !ユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテユルシテ」


奴が甲高い声で少女に許しを乞う。

少女は目の前の怪物を見つめているが、どこまでも無感情であり、その命乞いにも何も感じていない様子だった。

少女が左腰にある竿から再び刀をするりと抜いた。


「ゴメンナサイッ!チャントシマス!ダカラナグラナイデ!オネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイオネガイ マ『死ね。』


少女の刀が怪物の首を刎ねた。












「所長、今回の報告書です。」


少女が所長と呼んだ、机に突っ伏している男に書類を差し出す。

20畳ほどの部屋には数台のパソコンとデスク。卓上には書類が乱雑に積み上げられ、壁に敷き詰められている本棚にも無秩序に本が収まっており、決してきれいとは言えない状態だ。テーブルで紙に埋もれている男がむくりと起きた。


「う〜ん、お?………おお!玲ちゃ〜ん!今回も早かったね!」


男は玲に気づくと勢いよく立ち上がり、その勢いで紙が数枚舞い上がった。


彼は咲村幸之助(さきむら こうのすけ)。この東京第2支部特防科の所長である。歳は30過ぎと言ったところか。体躯はすらりとしており手足も長いのだが、底に着きそうな白衣と少し猫背な姿勢がどうもひょろ長いといった印象を与える。


「いやー、ごめんね〜。いきなり頼んじゃって。でも玲ちゃんが討伐してくれて助かったよ。さすが玲ちゃん! 我が支部の星! 」


「いえ。仕事ですので。」


咲村が過剰に褒めて玲を持ち上げるが、玲の表情は微動だにしない。


「も〜、つれないな〜。でもそんな淡々としたところが好き! 」


「あ、それでね、新しいコーヒーメーカー買ったんだよ〜! 今玲ちゃんにもコーヒー入れてあげるね。このコーヒーメーカーは豆を引いて入れるだけじゃなくて…」


「所長。」


咲村がコーヒーメーカーのうんちくを垂れ流しているが気にせずに流れをぶった切った。彼は夢中になるとこういうところがある。


「次の仕事があるのではないですか?

それと、彼のことも。」


玲は事務所の隅で立っている少年にすっと視線を流した。さっきからじっとこちらを見つめて動向を窺っており、緊張している様子だ。隅に立っているというより直立不動だ。カチコチである。



「ああ〜〜‼︎ ごめんね〜‼︎ 」


 咲村が大袈裟に彼に駆け寄り、事務所の隅から彼をぐいぐいと引っ張って連れてくる。この感じからすると、もしかしたら所長が寝こけている間、彼はずっと待っていたのではと玲は思った。



「はい!ちょっと遅くなっちゃったけど玲ちゃんに紹介するね。彼は四方木兎也(よもぎ とうや)くん!はい拍手!ぱちぱちぱちぱち!」


咲村は四方木の肩をがしっと掴んで彼を玲の方に向かせた。


「ほら! 兎也くん! 玲ちゃんにあいさつ、あいさつ!」


咲村が四方木の肩をがくがくとゆすって促す。

四方木の頭がぐらんぐらんに揺れており、見かねた玲が咲村を諭した。


「あががががががっ……」


「……所長。揺らしすぎです。」


「ああっ!ごめんね!」


「いえっ! 大丈夫です!

紹介が遅れました! 東京第四支部餓鬼科から来た四方木 兎也と申します‼︎ よろしくお願いします‼︎」

咲村から解放された四方木が腰を90度に曲げ、勢いよく頭をさげる。


「えっと、もう知ってると思うけど僕は咲村幸之助。この支部の所長です。それで、この娘は蕪木 玲ちゃん!こんな感じだけど、すごく強いし、とってもいい子だから!兎也くんも頼りにしてね!」


「はい!蕪木先輩のお噂はかねがねより聞いています!すごく強いんですよね!よろしくお願いします!」


「そうなんだよ〜〜!さ、玲ちゃんも!」


「……よろしく。」

そのまま目をキラキラさせた四方木を一瞥し、すぐに咲村に向き直る玲。


「それで、次の仕事のことについてですが……」


「そうそう!次の仕事なんだけどね、いつもとちょっと毛色が違うけど、まぁ玲ちゃんなら大丈夫だと思うよ。」


 咲村が乱雑に散らばった机の上から紙束を一つ取り、ぽんと玲の頭に仕事の詳細が書かれている資料をのせた。

 頭に乗せられて少し不満げな玲が資料を受け取りパラパラと確認する。


「こちら、本来なら生霊科もしくは芸能科の仕事ですね。私は構いませんが、先方は『私』に任せることを納得しているのでしょうか。特に芸能科の。」


「ああ〜それなんだけどね。まぁ芸能科のことは気にしなくていいよ。あっちも玲ちゃんの実力については文句ないだろうし。」

 

支部や科ごとにもそれぞれ事情がある。芸能科は特にクセが強いが、所長がそういうなら一応話は通っているのだろう。この男はそういうところは抜け目がない。


「分かりました。ではさっそく調査に…」

玲が踵を返しながら次の行動へと移ろうしたがすぐに咲村が呼び止める。


「あぁ!ちょっとまって。今回はこの子も一緒だから。」

そう言って四方木の肩をぽんと叩いた。


『「えっ!?」』


 玲と四方木の声が二重になり、矢継ぎ早に二人は咲村に尋ねる。


「僕、蕪木さんと出動できるんですか?!まじですか!?すごい!いや〜、いつか一緒に戦いたいとは思っていましたがこんなにすぐに行けるなんて!」

「所長、私も聞いていません。」

対称的に玲の声には抗議の色が、四方木の声には嬉しさが滲んでいる。


 

「あれ?伝えてなかったっけ?ごめん、ごめん抜けてた〜。でもさっきも言ったけど玲ちゃんなら大丈夫だって〜。」

咲村が気の抜けた声で答えるが玲の目は納得していない。


「ふぅ〜。玲ちゃん、あのね、玲ちゃんも分かってると思うけど本来僕たちはバディ、もしくはチームで任務にあたるの。」


 咲村が落ち着いて少し幼子を嗜めるように玲に言う。



「…分かっています。でも私は今まで一人で任務にあたり、そして遂行してきました。今回もミスはなかった。これからも一人で問題ないはずです。」

咲村より下からキッと強い目線で抗議する。


「分かってる。分かってるよ、玲ちゃん。君が強いことは十分に分かってる。………強すぎることも。だからこそ僕は君に誰かと一緒に戦えるようになってほしいんだ。」


 納得してない玲に少し目を細めて困ったように咲村は笑う。


「ですが…!!「はい、この話はもうおしまい。」


玲の話を遮るように咲村がぱんと両手を合わせる。


「玲ちゃん!これは命令です!命令だから言うこと聞いてね!」

わざとおどけるように咲村が明るい声で言い、玲の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「う…、命令なら分かりました…。命令には従います…。」

目線を下にし、全く納得してないふて腐れた声で玲は了承する。


そのまま玲は踵を返すと資料をもって部屋から出ていった。


「えっと、僕はどうすればいいですかね…」

四方木が取り残された子どものように咲村に尋ねる。

「あー、玲ちゃんあんな感じだったけど大丈夫だからね。君が嫌ってわけじゃないよ。」


「ほ、本当ですか!?僕もう嫌われたかと…」


「そんなんじゃないないっ!さっきも言ったけどすごくいい子だからさ。きっと戸惑ってるんじゃないかな。」

咲村が目を細め先程よりも柔らかい声で言う。


「ほら!四方木君も玲ちゃん追いかけて!本当に置いてかれちゃうよ?」


「えっ?!は、はい!行ってきます!」

四方木が部屋を飛び出し、玲が向かった方向に駆けていった。


「ふぅ、いい化学反応が起きてくれるといいんだけどねぇ。」

飲みかけの冷えたコーヒーを手に取り、窓の外を眺めながら呟いた。

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