第4話悪友。唯一の理解者。牽制し合う仲。でも実は…

「それにしても…あの時、彼方がうちの銀行に居てよかったよね。絶対にどうにかしてくれるって思ってたよ」

110号室へと訪れた依頼主である銀行職員。

片桐港かたぎりみなとは大学の同級生である。

「何…他人事みたいに言ってんだよ…すぐに緊急要請ボタン押せよ。職員が誰も行動できないで居るから僕が動くことになったんだろ?マニュアルに従って行動ぐらいしてほしいものだね。日頃から訓練していないのか?あの時、顔面を殴られたんだ。その時の慰謝料は払ってくれるのか?もしくは助けてやったんだ。感謝の印なんてものは無いのか?」

同級生同士の砕けた会話を繰り広げて昔のように無邪気な笑顔を浮かべていた。

当然、悪態のようなものを吐いているのだが冗談であるのは互いに分かっている。

「ありがとう。お礼は身体で支払ってあげようか?」

片桐港は僕を誘惑するような言葉を口にして妖しく微笑んだ。

「いや。お前とだけはそういう関係にならないって決めているんだ」

「どうして?連れないこと言わないでよ」

「お前のせいでいくつのサークルが崩壊したか…忘れたわけじゃないだろ?」

「忘れちゃったなぁ〜。過去のことなんて殆記憶にございません」

「全く…今でも悪趣味は続いているのか?」

「あぁ!そうそう!それを聞きに来たんだった!」

「それ?何のことだ?」

「うん。うちの銀行職員の誰かと仲良くなってない?」

「誰かって?」

僕のいつもの癖ではあるのだが、核心を突かれても根拠や証拠が出てくるまではしらばっくれる。

職業柄故にそんな悪癖が体中に染み付いていた。

「質問に質問で返すの…彼方の悪い癖だよ」

片桐港は苦笑の表情を浮かべるとテーブルの上に置いてあるコーヒーカップに手を伸ばした。

「職業柄…仕方ないだろ?」

そんな言葉を返しても彼女は静かに首を左右に振る。

「違うよ。大学の頃からそうだった。彼方だけが唯一やり難い男性だって思っていたから…この人は絶対に私に落ちない。そんな事を思わせるほどガードが固い。秘密主義で心を全く見せてくれない。昔からそうだよ…」

片桐港は少しだけ寂しそうな表情を浮かべて鼻頭を指で軽く擦っていた。

もしかしたら涙も浮かべていたかもしれない。

鼻を啜っていたようにも思える。

だが…騙されてはならない。

彼女の常套句や常套手段なのだ。

それを分かっているので僕は無視を決め込むとコーヒーカップに手を伸ばした。

「酷い!どうして慰めてくれないの!?」

「嘘だって分かってるから」

「本当にやり難い!たまには騙されたって良いでしょ?その後に良い思いをするかもしれないじゃん!私は案外、彼方となら結婚しても良いって思えるのに!」

「言葉が安っぽいんだよ。嘘くさいし。一瞬の快楽のために僕はわざと騙されたりしないよ」

「そうだね…そういう人だね…」

片桐港はいつもとは違う表情で違う声音でその様な言葉を口にする。

複雑で読み取りにくい表情や声音に僕は少しだけ自問自答をする。

彼女は本心で僕に求婚のような言葉を口にしたのだろうか。

大学の頃から僕だけが彼女の理解者だったと思える。

僕だけが彼女と平等な立場で接しており分け隔てない関係だった気もする。

僕が心を開いていなかったとしても彼女は僕に心を開いていたのかもしれない。

そんな事を軽く想像すると自分自身が如何に嫌な人物か思い知る。

だがそこで、そこまでの全てを否定するように再び頭を振った。

「成長したんだな。そんなやり方まで覚えやがって…」

悩んだ末に出した答えを口にすると彼女はイタズラがバレた子供のように照れくさそうに笑うと軽く謝罪をしてくる。

「ごめんごめん。試しただけだよ。それで…話は戻るけど…うちの職員の誰かと仲良くなった?同じ質問だと答えて貰えなさそうだから。具体的な名前を口にするけど…九条はじめと仲良くなってない?」

「………」

僕はそこで言葉に詰まると言うよりも沈黙で応える選択を取った。

「沈黙は肯定だよ?」

「好きに捉えると良いよ。でも何でそう思ったかだけは答えて欲しいな」

「自分は答えを提示しないのに。相手にはそれを求めるの?卑怯じゃない?」

「僕は沈黙で応えただろ?」

「ふん。卑怯な手段を取るのは彼方だってそうじゃない…私のこと言えないわ」

「それはそうだが…」

「やっぱり私達は似た者同士なんだわ。きっと一緒になったら上手くやれる」

「そうは思えないな。港は途中で僕に飽きるはずだから」

「飽きる?それはないと思うけど…」

「そんな事無いさ。僕は港をいつまでも満足させて楽しませることが出来る男性ではないよ。そこまで出来た人間じゃない。何処にでも居る普通のありふれたありきたりな人間でしか無いんだから」

「そんなことないよ。彼方は特別だから…」

「気持ちだけは受け取っておくよ。例え慰めの言葉だったとしても」

「急に卑屈にならないでよ…やり難いなぁ〜…」

片桐港は呆れたように嘆息してコーヒーカップに手を伸ばした。

一口飲んでふぅと息を吐くと彼女は何かに気付いたようでハッとした表情を浮かべる。

「さっきの仕返し!?やり返して来たでしょ!?」

その言葉に苦笑すると僕は首を左右に振った。

「どうかな。それにしても貴重な休日に僕に会いに来たって何も楽しみは無いぞ?」

「何?何か予定あるの?」

「あると言えばあるし。無いと言えば無いな」

「なにそれ?私と一緒に居たくない?」

「そんな事無いが。牽制し合う会話は疲れるから」

「心を開いてくれたら…そんなことにはならないのに」

「いや。港には絶対に騙されたくない」

「頑なだね」

「当たり前だ。お前にのめり込んで人生がめちゃくちゃになった同級生や先輩後輩をいくつも見てきたんだから」

「お互いもうあの頃のような子供じゃないよ?」

「どうだか…」

そんな会話を繰り返していると僕のスマホに通知が届いた。

「休日だと思いますが今日も行っていいですか?」

九条はじめからのチャットに僕は既読を付けること無く眼の前の女性と対峙していた。

「悪い。今日はもう仕事を切り上げる。自宅に帰らないと」

「そう。自宅って何処?」

「教えない」

「また意地悪言うんだから」

「とりあえず何かしらの収穫が無いと帰ってくれないだろうから。はじめさんとは仲良くさせてもらっているよ。それだけは言っておく」

「やっぱり。同じ人質同士だったからでしょ?」

「さぁな。ほら。帰った帰った」

「そんな追い払うように言わなくても…私は邪魔者?」

「そんな事無いが。お前と関わると大変な目に遭うのはいつものことだろ?だから早く帰ってくれ」

「はいはい。じゃあまたね」

「あぁ。じゃあ」

片桐港を玄関まで送り届けて彼女がマンションを出ていくのを確認すると109号室へと向かった。

スマホで九条はじめに連絡を入れると本日も彼女は通い妻さながらに家へと訪れて家事の全てを行ってくれるのであった。



「何かお礼がしたいんだけど…何が良いですか?」

家事を終えたはじめに僕は不意に問いかけた。

彼女は深く考えているようで最終的に出した答えは…。

「遊園地に行きたいです。昔から好きなんですよ。子供っぽくて嫌だったら…違うのにしますけど…」

はじめは遠慮がちにその様な言葉を口にするので僕は首を左右に振る。

「遊園地で良いんですね?じゃあ次の休日とかどうですか?」

「是非!」

ということで僕とはじめは次の休日に初めて外でデートをすることが決定するのであった。

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