第3話少し展開が動く

実はマンションの部屋を二部屋買っている。

110号室と109号室だ。

角部屋とその隣の部屋を僕は購入していた。

普段は109号室で過ごしているのだが…。

仕事は110号室で過ごしている。

僕の仕事といえば…。

端的に言って探偵である。

探偵と言っても物語の中のように様々な事件を解決するようなことは無い。

最初はそんな夢を持って探偵になったのだが…。

今では殆どが浮気調査だった。

特に僕の下へ訪れるのは、やんごとなき理由がある人物や有名人だった。

それ故に金払いが良い。

払いが良いので僕も本気になって調査をするのだが…。

僕の調査結果のせいで誰かが傷ついたり、スッキリしたりするのが最初は少しだけ心苦しかった。

しかしながら一回の調査で貰える額が桁違いなので、その様な思いは今はもう何処かに消えていた。

そんな探偵故に拳銃のことなどにも少しだけ知識があったのだ。

本日、僕は九条はじめについて少しだけ調べていた。

銀行職員ということ家族構成。

今までの学歴や生い立ち。

様々なことをネットを駆使したり足を使ったりして調べた。

結果…。

彼女は完全に白である。

僕に向けられた刺客ではない。

僕も人に恨まれるような仕事をしているので、いつ逆恨みを受けるか怯えている部分もある。

調査結果をまとめてファイルに保存すると隣の109号室へと戻っていく。

ミルでコーヒー豆を挽いてベランダでホットコーヒーを飲みながら長閑な時間が過ぎていた。

時間は十六時頃だっただろう。

不意にインターホンが鳴って僕はモニターを確認する。

そのまま玄関へと向かうと扉を開けた。

「こんにちは。今日も来ちゃいました♡」

眼の前には九条はじめの姿がある。

「どうぞ。上がって」

「お邪魔します。彼方さんは今日何していたんですか?」

梶彼方というのが僕の名前である。

しかしそれが本名かどうかは秘密にしておく。

「仕事していましたよ」

「そう言えば…職業って?」

「ん?まぁ在宅勤務ですよ」

僕は自分の素性を明かすわけにもいかずにその様な逃げの言葉を口にした。

「そうなんですね。ずっと座りっぱなしで疲れているんじゃないですか?」

「そうですね。でも殆どの職業の人が毎日疲れているじゃないですか。皆平等に疲れは溜まっていますよ。それこそ整体師さんだって…」

「ふふっ。なんだか周り全体を見渡している達観した仙人みたいなこと言うんですね」

「そうでしょうか?自分だけが辛いだなんて勘違いをしていないだけですよ」

「ですか。大人なんですね」

「もう少し子供っぽいほうが受けが良いですかね?」

「私の前ではありのままで良いんですよ。全て受け止めますから♡」

「全肯定ですね…」

「当たり前じゃないですか。私はあの日から彼方さんの為に生きるって決めているんです♡」

「そんな…大げさですよ」

「全然大げさじゃないです♡」

彼女は美しい笑みを向けてくると途中で買ってきたであろうお茶菓子を僕に手渡してくる。

「これ買うのに少しだけ並びまして…来るのが遅れました」

「ご丁寧に…ありがとうございます。洋菓子ですか?」

「はい。開けてみてください」

「それじゃあ…」

そうして僕は包装をキレイに破ると中身を目にする。

様々な洋菓子をが敷き詰められており僕の心は少し躍った。

甘いものはいくつになっても好きである。

「コーヒー淹れますよ。ベランダに出て優雅に過ごしましょうよ」

「ベランダ?」

「はい。リビングの奥まで進んでみてください。出窓を開ければベランダが広がっていますよ。夏だったらBBQとかも出来ますし…他の季節でものんびりしたい時なんかは最適です。コーヒーとお茶菓子を持って優雅に過ごす。最高な気分ですよ」

「なるほど。出てみてもいいですか?」

「どうぞ。椅子が二脚あります。適当に腰掛けてください。中庭の園芸を眺めるのもいいですよ」

「じゃあ行ってきます」

彼女はリビングの奥まで向かうとそのまま出窓を開けてベランダへと出ていく。

僕は再びミルでコーヒーを挽くと二杯のコーヒーをコップに注いだ。

お茶菓子をいくつかお皿に乗せてベランダに向かう。

テーブルの上にそれらを置くとはじめと二人きりで優雅な時間を過ごしていくのであった。



夕飯は彼女が作ってくれて僕らは揃ってそれらを食した。

「明日も来ていいですか?」

はじめの問いかけに僕は快く頷く。

そうして明日からも彼女は僕の家へと足繁く通うのであった。



「はじめちゃん。最近きれいになった?」

同僚の女性社員に探りを入れられて私は言い淀んでしまう。

「恋愛?恋人でも出来た?」

「そんなことないですよ」

「でも最近…合コンこないじゃん」

「まぁ…好きな人が出来たので…」

「へぇ。どんな人?」

「ミステリアスで素敵な人です」

「ふぅ〜ん。今度会わせてよ」

「え…いやです」

「何で?」

「私だけで独り占めしたいので…」

「そんな事言わないでよ。別に寝取ったりしないよ?」

「信用ないですよ。無理です」

「ふぅ〜ん。じゃあ私が勝手に動くのは良いよね?」

「まぁ…行動を縛ることは誰にでも出来ないので…」

「ありがとう。許可もらったてことで。私も勝手に動くね〜」

「でも…どうやって…」

「ん?知り合いに探偵がいるんだぁ〜。はじめちゃんの好きな人を依頼して探してもらうよ」

「そこまでしますか…」

「まぁね。人のものを奪うのは心地いいんだぁ〜」

「本当に良い性格していますね」

「よく言われる〜。じゃ」

そうして同僚のNTR趣味の女性を警戒しつつ私は本日も梶彼方の家へと向かうのであった。

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