押し入れ危機一髪!

金澤流都

化け猫と姪っ子とにんてんどーすいっち

 やべ。

 押し入れに、閉じ込められた。

 なんで押し入れに入ったのかというと、猫が勝手に押し入れを開けて中のものを漁り出し、それを止めるべく上半身をつっこんで猫を引きずり出そうとしたら、バランスを崩して押し入れに入ってしまったのである。

 それだけならまだいい、出ようと思えば出られるのだから。

 俺の場合は、入れ違いに猫が飛び出して、なんと押し入れを閉めてしまい、そのうえ戸棚に猫が飛び乗った勢いで戸棚の上の金属の花瓶が押し入れの戸のレールに落下して開けられなくなってしまったのである。


 まったくもって訳のわからない状況であった。


 猫よ、確かにお前はそろそろ20歳になるらしいが、戸を閉めるということはお前は化け猫だったのか。というかどうやって、あの重たい花瓶を落としたのか。20歳のおじいちゃん猫の力であの死ぬほど重たい花瓶をどうやって落としたのだろう……考えれば考えるほど謎が深まる。

 というか端的に言ってとても寒い。そりゃそうだ冬真っ只中の押し入れなんて寒いに決まっている。

 しかも俺が閉じ込められたのは、布団や毛布を仕舞っているような押し入れでなく、いまは亡き祖母が編みかけでほったらかした毛糸や、俺の生まれるだいぶ前に亡くなったという家具職人の祖父の残した設計図、祝儀不祝儀ののしがついた手付かずの封筒、ハガキに貼るにも一枚じゃ足りない切手、そのうち古紙回収ボックスに投げ込むつもりでほったらかしになっている「ドラえもんひみつ道具ずかん」といった児童書などの雑多なものしかない。


 寒さを防ぐのはまず不可能だ。このままでは風邪をひいてしまう。なんとか出る方法を考える。

 押し入れの戸を蹴破るのはいちばんに考えたが、この押し入れの戸は数年前リフォームしたときふすまから板戸になっている。運動神経死んでるマンの俺が出るには硬すぎる。

 なんとか外せないか、と思ったが、戸の端は壁の向こうで、手をかけることすらできない。

 ポケットを漁る。スマホがある。助けを呼ぼう。えーと、父さんは……仕事だな。母さんも……仕事だな。救急や警察にお願いすることでもないしな。えーと。えーと。

 必死で考えて、ふと去年小学校に上がったばかりの姪っ子のことを思い出す。姪っ子も同じ家(田舎の農家にありがちな、だだっ広い平屋)の片隅に、兄貴とそのお嫁さん、要するに俺の義姉(義姉という言葉にロマンを感じる人は挙手しなさい)と一緒に暮らしている。このあいだキッズケータイを買ってもらっていたな。早速電話をかけてみる。


 ……なかなか出ないな。

 ……もう学校から帰ってるはずなんだけどな。だって高校生の俺が帰ってきているのだから小学校は当然放課後だし、まだ部活を始める歳でもないし、なにより「優くんが面倒見てくれるから学童に頼らなくてよくていいわあー」と義姉さんは言っていた。だから間違いなく家の中か、せいぜい庭にいるはずなのだ。


「……もしもし?」


 おっ、電話に出た。


「かさねちゃん、俺だ。優にいだ」


「優にい、幼女に電話かけるしゅみあるの?」


「そうじゃない。いま俺、押し入れに閉じ込められてるんだ。押し入れに入ったチビ太を連れ戻そうとして閉じ込められた。茶の間の押し入れだ」


「ちゃのま……?」


「みんなでご飯食べたりテレビ見たりする部屋だよ」


「あー、あそこかあー。いまチビ太とトランプしてたの。これから開けにいくね」


 そこで電話が切れた。が、ちょっと待て。チビ太というのは猫だ。間違いなく猫だ。なんでチビ太がトランプなんかできるんだ?

 やっぱりあいつ、化け猫だったのか。

 しばらく待っていたら姪っ子の歩くとてとてという音が向こうから聞こえた。


「優にい、これ開ければいいの?」


「そうだ!」


「出してあげたら、うーんと……にんてんどーすいっち買ってくれる?」


「……はい?」


「小学校のお友達がね、みんな持っててね、欲しいってお父さんに言ったら、おこづかい貯めて買いなさいっていわれたの。でもかさねはおこづかい、1ヶ月に五百円しかもらってないから、にんてんどーすいっちは夢のまた夢なの。優にいはお年玉いっぱいもらってじぶんのつーちょーに入れてるんでしょ? かさねのお年玉はぜーんぶお父さんが貯金してくれたんだけど、つーちょーはお父さんが持ってるから、買えないの」


 いや、田舎なので親戚だけはべらぼうに多いので、確かにスイッチ1台ぶんくらいのお年玉貯金はあるのだが、まさか自分で買う前に他人に買ってやらねばならないとは。

 しかし兄貴ひでぇケチだな。俺はそうはなりたくないぞ。


「どうするの? 開ける? 開けない?」


 ええい、中古ならなんとかなるべ。


「開けてくれ。ただし俺もスイッチで遊ぶからな」


「わあいやったあ。開けるね。んしょ……」


 姪っ子が花瓶をどかしてくれた。どうにか開ける。花瓶の中の水が飛び散り、花もグッチャグチャになっていた。これは確実に母さんに叱られるやつだ。


 それでも助かった。危機一髪だ。


 ふと顔を上げると、神棚の上で猫が悪い顔をして手をなめていた。こいつが化け猫であることは、俺と姪っ子の間だけの秘密となったのであった。

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