第112話 ヤルド渓谷へ

 商業都市グラッセラで起きた事件は解決した――のだが、どうにも心に妙な引っ掛かりがあった。


 その引っ掛かりの根幹にあるのは、グラッセラが手薄になったことで人員を割かれるヤルド渓谷。あそこは隣国との国境に近いのだが、ここ数年は目立った大事件なども起きていない。


 そもそも、国境警備自体はかなり厳重なものとなっており、そう簡単に突破はできないだろう。

 国としては国境の警備にだけ力を入れておけばいいという判断か。

 これについてはまあ納得できる。

 王都の警備を緩めるわけにはいかないし、だからと言ってグラッセラを今の状態で放置しておくのもよろしくない。となれば、やはりヤルド渓谷の警備から割くのがもっとも無難な線ではあるが……俺はどうもこの流れが仕組まれたものに思えたのだ。

 

 なぜグラッセラから警備兵たちがいなくなったのか、その理由と原因については現在ミラッカたちが調査中だが、何者かがそうなるように仕向けて騎士団の目をグラッセラに集中させたのではないかと俺は読んだ。

 

 何の根拠もない話ではあるが、妙な気配というのは消えない。

 それを解消するためにも、俺はヤルド渓谷にある騎士団の駐在所を訪れた。


 ここにはちょっと顔見知りもいるし、その人に忠告――というほどでもないが、事情を説明しておこうと思ったのだ。


「こんにちは」

「うん? ――おぉ! ジャスティンか!」

「ご無沙汰しています、ロード先輩」


 荒野にポツンとたたずむ小さな駐在所に勤めている騎士は三人。

 そのうちのひとりは俺が入団当初に世話を焼いてくれたロード先輩だ。


「おまえほどの優秀な騎士が辺境の地へ飛ばされたと聞いた時は何かの間違いかと思ったが、元気にやっているようで安心したよ」

「案外、あっちの方が楽しくやれているんで水が合っていたのかもしれないですね」


 他愛ない話をしつつ、駐在所の中へと案内される。

 途中、エリナと年齢の近い若手騎士ふたりが実戦形式の鍛錬をしていた。


「はあっ!」

「やあっ!」


 どちらも気合十分で、清々しさを覚えるほどだ。


「いい若者たちですね」

「だろう? 俺にはもったいないくらいの部下だよ」


 ロード先輩は目を細めて語る。


「先輩の指導力の賜物では?」

「買いかぶるな。俺なんてうだつの上がらない万年平騎士だ。むしろあいつらには、おまえのような優れた上司のもとでもっと腕を磨いてもらいたいんだがな」

「その俺が騎士としての心得を教えてもらったのはあなたです。彼らもいい上司に恵まれたと思いますよ」

「ははは、しばらく会わないうちに世辞もうまくなったじゃないか」


 豪快に笑い飛ばすロード先輩。

 俺としてはお世辞のつもりなんてないんだけどな。


 久しぶりに会う先輩との話を楽しみつつ、俺は用件を伝えるために駐在所の中へと入っていった。

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