第61話【幕間】頼みの綱

 マクリード家の屋敷にあるダンスホールから聞こえてくる大きな拍手の音。

 それを背中に受けるハンク・デラントは怒りに表情を歪めながら屋敷を出た。


 練りあげた起死回生の策は水泡に帰した。

 すでに騎士団内部では横領事件におけるハンクの証言に信憑性がないという意見の方が多くなり、ベローズ副騎士団長を中心とした調査班が独自に真相を解明するため動き続けていた。


 実家の力で強引に事実を捻じ曲げ続けてきたが、それも限界が近づきつつある。

 なんとかベローズよりも上の立場にあるソラード騎士団長を抱き込もうと画策するも、すでに彼の背後にはデラント家よりも強力な権力を持つ者たちがついており、自由には扱えない存在であった。

 窮地に立たされたハンクは最後の《頼みの綱》にすべてを賭けていた――それが今回の舞踏会であり、アリッサとの婚約であった。

 

 だが、当然そのような行き当たりばったりの策が成功するはずもなく、呆気なく潰えてしまう。

 さらに彼を苛立たせたのが、気難しいことで知られるアリッサを部屋から連れだしたのが罠にハメて王都から追放したジャスティンの赴任先の領主である点だ。

 あんな何もない田舎町ではすぐに腐っていくだろうと高をくくっていたが、ジャスティンはそこでもしっかり前を向き、着任したカーティス村の駐在所で人々と交流を深め、騎士としての役目をまっとうしていった。

 それが今回の結果に結びついているのだが、それにハンクは気づかない。

 もしジャスティンが駐在所の仕事をおろそかにしていたら、カーティス村の農家はグラッセラで悪徳商会に騙されたままになってしまい、舞踏会どころではなくなる。そもそも、アリッサがチンピラたちに捕まって大騒ぎとなっていただろう。


 今のハンクを動かしているのは、ジャスティンに対する理不尽な憎悪のみ。

 なんとかして再起できないほどのダメージを負わせてやろうと新たな計画を考案するが、そんな彼の前に三人の人物が立ちはだかった。


「おや、もうお帰りかい?」

「っ!? ベ、ベローズ副騎士団長……」


 まさにたった今、不安材料としてあげたベローズ副騎士団長であった。彼の両脇には同期でもあるゲイリーとミラッカがおり、ハンクはふたりがジャスティンの無実を晴らすために動いていることを知っていた。


 そんな三人が自分を呼び止めた。

 おまけに、二日後には王国議会が迫っている。

 ハンクの心臓はキュッと縮み上がった。

 

「な、何か俺に御用ですか? あなたの言うように、私はもう帰るところですので手短にしていただけるとありがたいのですが」

「むろんこちらもそのつもりだ。――とはいえ、呼び止めた理由については大方見当がついているのだろう?」

「うっ……」

 

 心を見透かされ、動揺するハンク。

 一方、ベローズは「はっはっはっ!」と豪快に笑ってみせた。


「冗談だよ。近くまで寄ったものだから、ちゃんと警備の仕事をサボっていないかチェックしに来ただけさ」


 それだけ告げると、屋敷に向かって歩きだすベローズ――が、すれ違う際、


「二日後の王国議会……楽しみに待っていてくれ」


 静かにそう声をかけた。

 後ろからついていくゲイリーとミラッカは何も告げず、しかしその眼差しには怒りと哀れみの感情がにじみ出ている。


「ぐっ……うぅ……」


 ハンクはその場に膝から崩れ落ちる。

 デラント家の使用人たちが心配して集まってくるが、それを「寄るな!」と怒りに任せて振りほどいた。


「このまま……このまま終わってなるかよ……」


 追い詰められたハンクの表情にはもうかつてのエリートだった面影はない。

 ふらつく足取りのまま馬車へと乗り込むと、彼は騎士団の誰にも別れを告げずにマクリード家の屋敷をあとにするのだった。

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