第60話 お嬢様の正体

「ま、まさか、あの時の子がアリッサ様だったのか……」


 ついに姿を見せたアリッサ様を目の当たりにして、俺は開いた口がふさがらなくなった。

 なぜなら、その姿は――グラッセラからトライオン家の屋敷に帰る道中でチンピラに襲われていたところを助けた、あの女の子だったからだ。


 俺が茫然としているものだから、エリナが気になって説明を求めてくる。

 追われていた女の子の話についてはもうしてあったので、あの件で助けた子がアリッサ様であったと伝えた。


「そ、そんな偶然ってあるんですね……」

「だが、あの時は普通の村娘の格好だったからな……でも、どうしてあんな場所に、しかも護衛をひとりもつけずにいたんだ?」

「もしかして、家から逃げだそうとしたんじゃないですか?」


 エリナの言葉を耳にした瞬間、俺の脳裏には新しくグラッセラの治安維持を任されたキャメロンさんとのやりとりが浮かんだ。

 会話の途中でグラッセラを訪問中だったマクリード家へ挨拶に行こうとしていた。

 恐らく、そこにアリッサ様もいたのだろう。

 舞踏会に出るのが嫌だった彼女は途中で村娘の格好で変装し、機を見計らって町を抜けだしたのだ。

 しかし、運悪くタチの悪い連中に絡まれ、ギリギリのところで俺たちに助けられた――たぶん、あれで懲りたから逃げださずにひきこもるという選択肢を取ったのだろう。


 だが、これまで一度も呼ばれた経験がないその舞踏会へドイル様は招待されており、おまけに自分の異変に誰よりも早く気づいてくれた。これがアリッサ様の心を大きく動かして今に至る。


 美しい白いドレスに身を包んだアリッサ様は真っ直ぐにドイル様のもとへと歩いていく。

 やがて目の前まで来ると申し訳なさそうな顔をして尋ねた。


「足の怪我はいかがですの?」

「もうすっかり元通りさ」

「ならよかったですわ」


 短い会話を交わした後、アリッサ様はそっと右手を差しだす。


「わたくしと踊っていただけるのでしょう?」

「もちろんです」


 ドイルはニコッと微笑んで手を取る――と、次の瞬間にはダンスホールに音楽隊の生演奏が轟いた。

 ふたりをきっかけに舞踏会が始まり、次々とペアを組んでダンスを披露する参加者たち。華やかな舞台で煌びやかに着飾った人々が楽しそうに踊る姿を横目に見つつ、俺とエリナは警戒心を高めていた。


 この場にハンクの姿がなかったからだ。

 ヤツの人間性を知る俺たちふたりは、ここで何かを仕掛けてくるかもしれないと想定していたのだが……どうもその心配は杞憂に終わったようだ。


 ドイル様とアリッサ様のダンスは会場にやってきた人々の心を魅了し、一回目の演奏が終わると拍手が巻き起こる。


 周りの反応に照れながらも満更じゃない様子のふたり。

 おいおい、これはひょっとして……ひょっとするかもしれないぞ。




※18時にもう1話投稿予定!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る