第39話 定期報告

 今日は朝からエリナとともにトライオン家の屋敷を訪ねていた。

 今ではすっかり農家みたいな業務ばかりではあるが、これでも一応は駐在所に勤めている騎士なので定期的に村の様子を報告する義務があった。


 ……しかし、当主であるドイル様はしょっちゅうカーティス村を訪れているんだよなぁ。

 まあ、今回はグラッセラでの一件も改めて報告しなくちゃいけなかったので、ここまで足を運んだ意味はあるのだけど。


「以上で報告を終わります」

「ありがとう。君が来てから村は以前よりずっと活気が出ているようだね」

「そ、そうなんですか?」

「うん。やっぱり、強い騎士がそばにいてくれるというのは心強いんだろうね」


 村の人たちが頼りにしてくれるというのは騎士冥利に尽きる――が、同時に先日ミラッカが口にしていた言葉が脳裏をよぎった。


『あなたは……本当に王都へ戻りたいという気持ちがある?』


 今はそういう考えが浮かんでこないな。

 ドイル様からの言葉を受けて、「これからも村人のために頑張ろう」って気持ちが真っ先に浮かんでくるあたり、俺は王都への未練がほとんどないんじゃないかな。


「このあと、お茶でもどうかな。さっきマリエッタがおいしいケーキを焼いてくれたんだ」

「ケーキ……!」


 甘いものに目がないエリナの目がギラリと光る。

 これは断れる空気じゃないな。

 執事のブラーフさんも、まるでトドメを刺すように「たまにはごゆっくりしていってください」と念押しのひと言。これにより、エリナも「ではお言葉に甘えて」とノリノリになってしまった。一応、俺が上司なんだがな。


 まあ、せっかくのご厚意だし、無下にするのもよろしくない。誘いを受けた俺たちは手入れの行き届いた美しい庭園が見渡される特等席に案内される。そこでのんびりとお茶を楽しみながら過ごす――と、


「実は、君たちふたりに折り入って相談があってね」


 ドイル様がいきなりそう切りだした。


「相談……ですか?」

「うん。騎士としての腕を見込んでお願いしたいことがあるんだ」


 グラッセラでの一件で悪党たちを倒した話をしたあたりからどうも反応がいつもと違っているとは感じていたのだが……どうやら、この流れだと護衛の依頼かな。


「騎士としての腕を見込まれてとのことでしたが、もしや護衛任務ですか?」

「察しがよくて助かるよ」

「御安い御用ですよ。どこへでもついてまいります」

「当然ながら、私もいきますよ!」


 これならば相談を受けるまでもなく、「ついてこい」のひと言で済む。しかし、ドイル様としてはキチンとお願いをして同行してもらいたいという気持ちがあったのだろう。本当に律儀な方だ。


「それで、どこへお出かけに?」


 ――と、聞いたところでハッとなる。

 そういえば、ドイル様がこれまで外出されているという話を聞いたことがない。よくカーティス村へ来るし、領地内を見て回っている印象が強いので領地の外へ出るという印象がまったくなかったのだ。


 これは貴族としては異例だろう。

俺の中ではやたらあちこちに顔を出して人脈づくりをしているイメージが定着していた。そういう人たちばかりではないのだろうが、どうにもそんな印象が強いんだよなぁ。

もしかしたら、ドイル様も領地の発展を考えてどこかとつながりを求めているのだろうか。


 目的地についての答えを待っていると、


「実は……舞踏会へ招待されたんだ」


 ドイル様は静かにそう告げた。

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